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【美しい十代】三田明【夕子の涙】

1 :昔の名無しで出ています:2007/07/12(木) 21:20:35 ID:s33YZ8ba
一時、御三家をしのぐ人気を得ていた吉田正門下、三田明を語ろう。

2 :昔の名無しで出ています:2007/07/12(木) 21:33:55 ID:8kKM7FKP
橋幸夫だったら三田の方が好きだったな
顔も声も甘かったし、吉田メロディーによく合っていた。「薔薇の涙」「ナイトイン六本木」「夕子の涙」…

3 :昔の名無しで出ています:2007/07/12(木) 22:07:21 ID:???
「若い港」「若い翼」も忘れられたなあ。いい青春歌謡なんだが。

4 :昔の名無しで出ています:2007/07/12(木) 22:15:31 ID:8kKM7FKP
>3
いわゆる若いシリーズですね(2曲しかないけど)
「若い翼」は昭和40年の紅白で歌われたね。

5 :昔の名無しで出ています:2007/07/12(木) 22:46:38 ID:???
まあ若者事情だけじゃないけどあれから40年
以上も経って、違う国みたいになったなあ。
はたして良くなったのか悪くなったのか。

6 :昔の名無しで出ています:2007/07/13(金) 13:52:43 ID:i47iM8/Q
整形さえしなければね

7 :昔の名無しで出ています:2007/07/14(土) 21:48:31 ID:vEY6u9lh
「赤毛のおんな」ってのもあったね。ジャズっぽくてよかったけど、あんまりヒットしなかったような

8 :昔の名無しで出ています:2007/07/14(土) 22:05:18 ID:PVdelZWH
紅白6回はちょっと出すぎ?

9 :昔の名無しで出ています:2007/07/15(日) 07:44:11 ID:wqrqc7kf
>8
出過ぎではないんじゃない。7回出場時の昭和43年は御三家の3人よりもレコードセールスは上回っていたし

10 :昔の名無しで出ています:2007/07/15(日) 07:45:18 ID:wqrqc7kf
>9 【訂正】7回→5回

11 :昔の名無しで出ています:2007/07/18(水) 07:04:49 ID:Ex57R20P
吉田正のお稚児さん

12 :昔の名無しで出ています:2007/07/18(水) 07:38:24 ID:???
デビューして人気が出たての頃にはあまりにひどいブレスのしかたになんと歌の下手なかわいいだけの歌手って感じだったけど、
その後歌はかなりうまくなるにつれ人気は反比例して消えていった。
人気消滅にとどめを刺したのが一重まぶたを二重にした整形手術。
これでさわやか美少年がいなかのホストに変わっちゃったから・・・・・。

13 :昔の名無しで出ています:2007/07/18(水) 21:31:54 ID:/5Q/aXjs
デビュー曲のレコードジャケットは、御三家はそれぞれモノクロ二色刷り
だったが、三田はカラーだった。ビクターは相当期待してたんだろうな。

14 :昔の名無しで出ています:2007/07/19(木) 21:21:47 ID:hOD0bwR0
青春歌謡スターは、10代から20代前半までが花。大人になった姿は違和感を感じよう。現に最後の紅白出場「サロマ湖の空」(昭和44年)の三田は青春歌謡スターの最末期の姿と言えよう。

15 :昔の名無しで出ています:2007/07/19(木) 21:29:17 ID:vCVf4Kx8
>13
御三家の3人よりも美少年だったからだろう。
後輩の西郷輝彦に抜かれ御三家と称されなかったことは惜しまれる。

16 :昔の名無しで出ています:2007/07/24(火) 22:10:12 ID:i/AG3HEY
来月、テレビ東京の「田舎へ泊まろう」に出るみたい

17 :昔の名無しで出ています:2007/07/25(水) 21:21:37 ID:???
>>16
8月5日オンエア予定。
ブログで、ロケのことなどに触れてるね
ttp://homepage2.nifty.com/akiramita/index.htm


18 :昔の名無しで出ています:2007/08/02(木) 18:45:14 ID:???
ひょうきん族に出てた。
コントで、仲のいい兄弟、という場面に現われて
“美しい兄弟、ああ〜兄弟〜♪”、と歌うだけwww

19 :昔の名無しで出ています:2007/08/05(日) 17:42:17 ID:hZaB+OFb
「田舎へ泊まろう!」は7時から
ttp://www.tv-tokyo.co.jp/inaka/

20 :昔の名無しで出ています:2007/08/05(日) 18:53:23 ID:gQXa2mzY
三田の阿久悠作品は「ふれあい」。ただし、放送禁止になってしまっている。

21 :ノスタル爺:2007/08/18(土) 02:41:23 ID:yRBuw1+H
>>1 目だけ‥?
鼻もかなり高くしたよ。それまで人気があったのに完全に致命傷になってしまった。
「明日は咲こう花咲こう」「夕子の涙」
「数奇屋橋ブルース」
「恋のアメリアッチ」
「薔薇の涙」
「カリブの花」
「ナイトイン六本木」
  ・・・ets.中でも我輩の一押しの曲は「ナイト・・」だ!
整形前の最後か?その前位の曲だったと思うが、出来栄えは上々で吉田 正がリズム路線に集中し
てた頃、橋と競い合わせて三田の魅力を十二分に引き出したリズム歌謡の決定版とも言える。

22 :昔の名無しで出ています:2007/08/18(土) 18:20:47 ID:2LK3EBSQ
「薔薇の涙」や「恋人ジュリー」もいいけど
「恋人の泉」や「サロマ湖の空」なんかも
わりと好きだったな

23 :ノスタル爺:2007/08/18(土) 20:18:15 ID:yRBuw1+H
>>22 >21です。あまりにも懐かしく思い出しながら書いた曲だけなので‥不覚にも「恋人の泉」を忘れていたのには不徳の至りです!
恐縮ですが、序でに出だしが♪幼なじみの君だから〜、の詞で始まる曲のタイトルを度忘れしてしまいました。(;^_^A
教えて貰えますか?

24 :昔の名無しで出ています:2007/08/19(日) 22:47:39 ID:qSrouRSY
>23
「僕のそばには君がいる」

25 :昔の名無しで出ています:2007/08/19(日) 22:49:28 ID:???
三田明さんって大ベテランなんだけど
えらそーにしてないですね。

26 :昔の名無しで出ています:2007/08/19(日) 22:51:07 ID:qSrouRSY
>25
その辺は吉田正のしつけがよかったから。

27 :昔の名無しで出ています:2007/08/20(月) 09:33:50 ID:ezGsUwlq
三田は吉田正門下なのは周知のとおりだが、その割には
佐伯孝夫作詞の歌は、あまり歌っていない。あっても「スキー仲間」ぐらい。
やっぱ宮川哲夫や山上路夫とのほうが水に合ってるってことか!?

28 :昔の名無しで出ています:2007/08/21(火) 19:47:25 ID:1x3HXLLO
>27
あと「数寄屋橋ブルース」ぐらいかな。
佐伯は、デビュー当初歌が下手だった三田にあまり興味がなかったのか、あるいは宮川哲夫が三田につきっきりで書いていたから佐伯の出る幕がなかったのか、どちらかだね。

29 :昔の名無しで出ています:2007/08/27(月) 01:29:39 ID:K55qOSAB
>>28 宮川哲夫は橋 幸夫にも結構、書いてる。
「雨の中の二人」
「霧氷」など。

30 :ノスタル爺:2007/08/29(水) 03:51:24 ID:D6vnI9jl
昨夜、ΝΗΚ「歌謡のコンサート」に久しぶりに三田 明が出演し、もう定番とも云うべきデビュー曲「美しい十代」を歌ったが、この番組(※幾度
か番組名を変更)を十数年、視聴してるが記憶の上で四回ほど出ていると
思うが毎回「美しい‥」ばかりで、ファンの心情を完全に裏切られている
。「恋人の泉」や「夕子の涙」といった三田の歌の魅力が最も充実してた頃の曲を歌ってほしいも
のだ‥せめて「君のそばには‥」辺りを歌ってくれても良いと思う。
いつ、サプライズの曲が聞けるのだろうか?

31 :昔の名無しで出ています:2007/08/29(水) 07:01:54 ID:G7xgyUyi
確かにテレビだとどの歌番組でも「美しい十代」ばかりで閉口しちゃう。ラジオの公開歌番組でたまに「夕子の涙」を歌うくらい。
ちなみに三田は紅白に6回出場しているが、意外なことに「美しい十代」は歌われていない。


32 :昔の名無しで出ています:2007/08/31(金) 18:44:34 ID:GaLkyj08
当時、三田明に近づいた人間の中にはホモが結構いたはず
美少年の代名詞だった

33 :昔の名無しで出ています:2007/09/02(日) 21:54:26 ID:U9GjXRk5
吉田正の厳しいレッスンが終わると、三田は吉田の寝室に通される。吉田は三田をベッドに座らせ、おもむろに三田の股間に手を伸ばす…

34 :昔の名無しで出ています:2007/09/09(日) 01:26:24 ID:8nyeZpQ6
和製マーク・レスター

35 :昔の名無しで出ています:2007/09/22(土) 21:33:27 ID:I73T/ZcW
整形さえしなけりゃね。

36 :昔の名無しで出ています:2007/09/24(月) 15:45:32 ID:a0dsdi4q
「田舎へとまろう」「歌謡コンサート」等メジャーな番組に出てるし、
新曲もリリースしてる割には、メジャー感(あくまでも懐メロ歌手)が無いな。
コンサートもワンマンでは無く、数人でのジョイントばかりだし。
彼の公式ホームページも素人みたいで、ブログなんか最悪だよ。


37 :昔の名無しで出ています:2007/09/24(月) 16:07:41 ID:B0hd9Wra
料理中に油を被った
というアングルがなぁ・・・。
WWFかと。

38 :昔の名無しで出ています:2007/10/10(水) 18:49:44 ID:WK65xBL1
今月、群馬県・水上のホテル聚楽水上の三田明ディナーショーは盛況だったみたいだね。
ソロのコンサートはないけど、ディナーショーはまだまだソロでいける。

39 :昔の名無しで出ています:2007/10/27(土) 18:48:02 ID:tlJiS9cc
山田真二追悼

吉田門下生、お帽子かぶり勢ぞろい
http://jp.youtube.com/watch?v=JURIhuJJFo4

40 :昔の名無しで出ています:2007/11/07(水) 23:17:01 ID:J81TMYa9
本名は辻川潮(うしお)
うしおって名前がすごい。本名じゃデビューできなかったわな

41 :昔の名無しで出ています:2007/12/04(火) 19:58:12 ID:W56RhA3r
今年の紅白も漏れたね。昭和44年「サロマ湖の空」以来、もう38年も落選している。

42 :昔の名無しで出ています:2007/12/31(月) 00:44:44 ID:lpyZqU8t
紅白歌合戦 「恋人ジュリー」
http://www.youtube.com/watch?v=2-0iO9mTxIY&feature=related

43 :昔の名無しで出ています:2008/01/09(水) 21:18:38 ID:30Ameyq3
橋、舟木、西郷の3人よりも、声は一番維持してる感じだね

44 :昔の名無しで出ています:2008/01/10(木) 13:29:56 ID:K15YGmMB
>>20 「ふれあい」が放送禁止とは知らなかった。理由は?

45 :昔の名無しで出ています:2008/01/12(土) 13:05:19 ID:joUejN65
「薔薇の涙」と「真珠の恋人」はどちらの方がヒットしたのでしょうか?
ちなみにその年(昭和43年)の紅白出場曲は「薔薇の涙」だっけ?

46 :昔の名無しで出ています:2008/01/12(土) 15:43:48 ID:+XqWl+gt
両親が言ってたけど、最初は歌唱力はいまいちで、努力して歌唱力アップした、
偉い人だ。と。

47 :昔の名無しで出ています:2008/01/12(土) 21:16:01 ID:4/Htn2Nu
>>45
「薔薇の涙」の方がヒットしたでしょう。昭和43年紅白歌唱曲は「薔薇の涙」で、三田はこの年白組トップバッターで出場。

48 :昔の名無しで出ています:2008/01/22(火) 09:49:19 ID:4NMDJyFM
昭和43年頃は、三田も御三家に迫って「四天王」と言われてたんだよね。
ちなみにこの年は御三家よりもヒットが多かったと何かに書いてあったけどどうなんだろうね
三田明
「数寄屋橋ブルース」「薔薇の涙」「真珠の恋人」「ナイトイン六本木」
橋幸夫
「花太郎笠」「夜明けの二人」「雨のロマン」「赤い夕陽の三度笠」
舟木一夫
「くちなしのバラード」「残雪」「夜霧の果てに」「銀色の恋」
西郷輝彦
「月のしずく」「虹を買おう」「ガラスの涙」「友達の恋人」

49 :昔の名無しで出ています:2008/01/22(火) 10:08:41 ID:IptV1ubu
昭和43年はGSブームの最中、歌謡界の中心が移り変わった時期。
もう青春歌謡の歌手たちには勢いが感じられなくなっていた。

50 :昔の名無しで出ています:2008/01/23(水) 10:54:29 ID:TXhU/ATX
昭和42年が青春歌謡全盛の最後の年だよね。
三田明
「カリブの花」「また逢う日まで」「恋人の泉」「夕子の涙」
橋幸夫
「殺陣師一代」「恋のメキシカンロック」「佐久の鯉太郎」「思い出のカテリーナ」
舟木一夫
「一心太助江戸っ子祭り」「夏子の季節」「心こめて愛する人へ」「夕笛」
西郷輝彦
「恋人をさがそう」「願い星叶い星」「この雨の中を」「潮風が吹きぬける町」

51 :昔の名無しで出ています:2008/01/23(水) 12:20:18 ID:ZNpizgwc
TVでもGSの出演が多くなって、ラジオの仕事なんかを地味にやるようになっていたもんだ。

52 :昔の名無しで出ています:2008/01/24(木) 15:29:10 ID:eLGu9pw5
本来、三田の「美しい十代」は舟木の高校三年生を意識して作られたのだろうから、
美少年とかビジュアル面的要素ではなく、音楽的な要素を前面に押し出した売り方をすれば、
のちに称される御三家は「舟木・三田・西郷」だったろうね。
年齢も三田と西郷は同じだし、デビューは三田の方が約半年弱早いわけだからね。
結局旧勢力の橋幸夫が、後輩青春歌謡歌手の台頭に危機感を感じて、折からのエレキブームに乗り
リズム歌謡で舟木西郷の新勢力に食い込んで御三家となったわけだけど、三田は結局その割を食った格好だよね。
やはりデビュー当時の三田は本格的歌手として見た場合、舟木と対抗するには弱かったのだろうか?


53 :昔の名無しで出ています:2008/01/24(木) 15:49:50 ID:???
三田は今で言うと「かわいさ」をアピールしたキャラでしょう。
後の郷ひろみ・城みちる・あいざき進也あたりの先輩格のような。
その時代の若い女性には、今ひとつ物足りないと思われたのかも。

54 :昔の名無しで出ています:2008/01/24(木) 21:17:26 ID:ng+3OHlf
当時にしては珍しいジャニーズ系だった。三田がもう少し遅れて登場していたら、また違っていたかもしれない。

55 :昔の名無しで出ています:2008/01/24(木) 21:27:37 ID:ttRGJb2G
GSのボーカルなんかでね。ジュリー、ショーケンと御三家時代を築いたかも。

56 :昔の名無しで出ています:2008/01/24(木) 21:29:53 ID:ng+3OHlf
>>55
そもそも吉田正門下に入ったのがいけなかったんだろうな。

57 :昔の名無しで出ています:2008/01/25(金) 09:28:49 ID:???
ワイルドワンズあたりでボーカルやってたりしたらもっと爆発的人気を得ただろうか?
愛称はチャッピーとかw

58 :昔の名無しで出ています:2008/01/26(土) 22:34:10 ID:0k7zHy4x
>>57
充分有り得たかもね。
吉田門下で青春歌謡歌手になったのは間違いだったな。

59 :昔の名無しで出ています:2008/01/26(土) 23:07:56 ID:???
でもね、御三家の次といえばこの人で異論なし、でしょう。

三田明>>美樹克彦>梶光夫≒山田太郎≒久保浩>永井秀和

他にも大勢いたけど、実績はこんな感じじゃないかなあ。

60 :昔の名無しで出ています:2008/01/26(土) 23:16:40 ID:???
あ、あとジャニーズがいたか。大変な人気者だったけど、向こうの
ポップスのカバーが多くて、オリジナル曲の印象が薄いのが残念。
でも「太陽のあいつ」は、青春歌謡の名作として残ると思う。

61 :昔の名無しで出ています:2008/01/26(土) 23:22:38 ID:0k7zHy4x
>>59
同意。昭和43年正月の芸能雑誌付録の歌本を見ると、男性歌手の掲載順番は舟木一夫、橋幸夫、西郷輝彦、三田明、加山雄三…と続く。

62 :昔の名無しで出ています:2008/01/30(水) 15:36:24 ID:k8LXKBXk
☆☆ アメリアッチの名曲対決 ☆☆
「恋と涙の太陽」vs「恋のアメリアッチ」vs「恋旅行」
どの曲が一番好きかな?もちろんここは三田スレだから、おのずと結論はひとつだよね?

63 :昔の名無しで出ています:2008/01/30(水) 19:47:48 ID:Ub0TMO9Z
>>62
そりゃ「恋のアメリアッチ」でしょう。三田のハツラツさが全面に出ていていい感じだ。「恋と涙の太陽」は、妙に橋幸夫が小粋に歌いこなしてしまい、アメリアッチの雰囲気を台無しにしている感がある。まるで「恋と涙の太陽音頭」だ。
ちなみに「恋旅行」は聞いたことないな。

64 :昔の名無しで出ています:2008/01/30(水) 21:06:40 ID:k8LXKBXk
>>63
「恋と涙の太陽音頭」に賛成!
橋ファンにこの曲の感想を訊いたところ、「音がやかましすぎる」というお答えが・・・
ちなみに「恋旅行」は久保浩と小川知子のデュエット曲で、ロマンスカーに乗って
アベックが旅行に行くという内容。小川知子は「ゆうべの秘密」でデビューする前年に
この曲をレコーディングしているんだね。まあ、貴重な曲ではあります。

やはり「恋のアメリアッチ」がベストということだよね。
ところで、この曲のB面「タッチ・アンド・ゴー」も負けず劣らない名曲。

65 :昔の名無しで出ています:2008/01/30(水) 21:28:34 ID:Ub0TMO9Z
>>64
へぇ〜小川知子が久保浩と…意外な取り合わせですね。
確かに橋の「恋と涙の太陽」は伴奏がやかましい。売り上げ的にはどちらが上か分からないけど、俺も「恋のアメリアッチ」に軍配を上げたい次第です。

66 :昔の名無しで出ています:2008/02/05(火) 09:09:58 ID:fv9viIo8
昭和44年にも優れた曲があるよね。
「惜別のワルツ」「太陽のカーニバル」「サロマ湖の空」「あなたの涙」・・・
この年がアイドル歌手三田明の全盛期最後の年になるのかな?
ところで、映画主題歌になった「街に泉があった」って曲知ってる?

67 :昔の名無しで出ています:2008/02/05(火) 20:38:19 ID:43RCGyjr
>>66
「街に泉があった」は聞いたことはないけど曲の存在は知っていました。
「惜別のワルツ」は、三田が「ワルツは難しい」と相当苦労してレコーディングしたらしい。それを不憫に思った吉田正は次回作にリズム重視で歌いやすい「太陽のカーニバル」を作る。

68 :昔の名無しで出ています:2008/02/06(水) 09:30:32 ID:/Bw3AwBv
昭和44年といえば御三家はもう夏物リズム路線から離れていたから
三田の「太陽のカーニバル」は吉田正のリズム歌謡の最後の作品として位置づけられるのだろうか?
ところで、この年の初荷レコードは「タートルルックのいかす奴」だよね。

69 :昔の名無しで出ています:2008/02/06(水) 19:07:54 ID:6qpidyjX
>>68
確かに昭和44年以降はリズム歌謡はなくなってきており、「太陽のカーニバル」はリズム歌謡の最末期の曲と言えよう。
「タートルルックのいかす奴」は「青山通り」の路線を踏襲した感じの曲。
そしてこの年の紅白出場曲が「サロマ湖の空」。今現在、三田にとって最後の紅白出場曲となってしまった。

70 :昔の名無しで出ています:2008/02/07(木) 10:41:07 ID:t1KddWTW
ひとつ気になることがあるんだけど、
昭和45年発売の「ふれあい」のレコードジャケットがイラストなんだよね。
それまで発売のレコードジャケットはすべてカラー写真を使っていたのに、
いきなり白地に一色でしかもよく見ると「サロマ湖の空」のジャケットで使われた写真を
ベースにして起こしたイラストで処理されているのはなかなか怪しいものを感じるよね。

71 :昔の名無しで出ています:2008/02/07(木) 17:43:43 ID:ddxHsim3
「ふれあい」のレコードジャケットは奇をてらう狙いがあったのだろう。阿久悠作詞、すぎやまこういち作曲と、従来の三田のイメージを一掃する作家陣でもあったが、思うようにヒットしなかった。

72 :昔の名無しで出ています:2008/02/08(金) 19:20:47 ID:iKdaPxFw
「タートルルックのいかす奴」はさほどヒットはしなかったでしょ?
B面の「あなたの横顔」の方が哀愁味があって断然いい曲だと常々思ってたんだけど、
何故こちらをA面にしなかったのか悔やまれるね。三田には地味すぎたのかな?
前年の「数寄屋橋ブルース」はもっと地味なんだけどね。
ちなみにその「数寄屋橋ブルース」もB面の「星と貝がら」の方が素晴らしい。


73 :昔の名無しで出ています:2008/02/08(金) 23:28:25 ID:DQU85CmU
B面の方が名曲っていうパターンは結構多いかもしれない。
「タートルルックのいかす奴」が発売された昭和44年は三田や御三家の人気に陰りが見えはじめた頃だから、ヒットは見込めなかった。
前年の「数寄屋橋ブルース」は地味だけど「有楽町で逢いましょう」に匹敵するブルースの名曲だと思う。当時流行っていた森進一や青江三奈の「ご当地ブルース路線」にあやかってつくられた。

74 :昔の名無しで出ています:2008/02/09(土) 12:39:12 ID:fI6+bidR
三田明の「初恋こいさん」を聴くと、
マヒナの「お百度こいさん」やフランク永井の「こいさんのラブコール」を思い出す人が
きっといるにちがいない。

75 :昔の名無しで出ています:2008/02/09(土) 20:44:17 ID:TQevzEhw
「お百度こいさん」も「こいさんのラブコール」も吉田メロディーじゃないけど、雰囲気は何となく似てるね。
この曲は三田明初の大阪モノらしい。メロディーラインは典型的な吉田メロディーだが、アレンジで何とか大阪の雰囲気を醸し出している。個人的にはかなり好きな曲だ。

76 :昔の名無しで出ています:2008/02/12(火) 14:28:58 ID:+5XT8uTQ
自宅のレコードライブラリーを整理していたら、
おそらく昭和45年以降の曲だと思うけど、「太陽の恋人たち」というタイトルの
シングルが出てきたので、「太陽のカーニバル」の続編のような曲かな?と
さっそく聴いてみたら、ごく普通の70年代ポップス系歌謡曲だった。
たしか20年以上前に中古レコード店でたまたま見つけて、タイトルのイメージから
リズム歌謡かな?と期待して買ったと記憶しているんだが・・・・
それから、「雨のバラード」の作者植田嘉靖作曲の「さよならした長崎」とか、
このころの三田にも隠れた名曲は多いよ。

77 :昔の名無しで出ています:2008/02/12(火) 18:59:33 ID:bRTMeddf
>>76
「太陽の恋人たち」「さよならした長崎」「寄り道来た道帰り道」が発売された昭和46〜48年あたりは吉田正以外の曲を積極的にリリースしている。
それから程なくして、吉田正作曲による三田のデビュー10周年記念曲「赤毛のおんな」が発売される。

78 :昔の名無しで出ています:2008/02/13(水) 08:34:41 ID:Ev/Ii69d
昭和52年に塚田三喜夫や尾崎紀世彦らの競作で発売され、その後布施明や湯原昌幸も
リリースした「五月のバラ」は三田明も歌ってるよね。

79 :昔の名無しで出ています:2008/02/13(水) 18:41:58 ID:z/WkL8/e
「五月のバラ」は布施明版は聞いたことあるけど、三田版はないですな。カバーと違うのかな。

80 :昔の名無しで出ています:2008/02/14(木) 09:36:15 ID:DTSLPMs6
「五月のバラ」は昭和52年に塚田三喜夫や尾崎紀世彦らと競作でシングルが発売されて
います。まあ「氷雨」や「浪花節だよ人生は」あたりと同じ各社競作パターンです。
おそらく当時は塚田三喜夫の盤が一番売れたんでしょうね、その辺はよくわからないけど。
当時のNHK-FM昼の歌謡曲で「さよならの向こうで」(これも競作曲)あたりと一緒に
流れたのを聴いて、近所のレコード店を回ってもどこにも置いて無くて買うのに難儀したからね。
ちなみに、それぞれの盤の曲のアレンジは若干違うみたいだね。


81 :昔の名無しで出ています:2008/02/14(木) 19:25:36 ID:e6hbpyFi
三田明も「五月のバラ」を吹き込んでいるのは確実みたいですな。
シングルではなくてアルバム用だったかもしれないけど。

それから「五月のバラ」はブレンダ・リー来日公演に際して
彼女が日本語で歌うためにつくられたのが最初みたいで
「思い出のバラ」とかいうタイトルだったと思う。
塚田三喜夫版以前に鹿内孝版やジュン沢木版などもあり
以後はほとんどスタンダード・ナンバー。

82 :昔の名無しで出ています:2008/02/15(金) 08:41:43 ID:uxgRfp40
昭和42年のレコード大賞はブルコメの「ブルーシャトウ」だけど、
この頃は「ブルー○○」とつくタイトルの曲が多いよね。
舟木一夫「ブルートランペット」いしだあゆみ「ブルーライトヨコハマ」
荒木一郎「ブルーレター」青江三奈「ブルーブルース」とか・・・・・
そんな中で、三田明も「ブルーシャンペン」と言う曲を昭和42年に
出しているの知ってる?だいぶ地味な曲で、夕子の涙と数寄屋橋ブルースに
はさまって印象は薄いんだけどね。

83 :昔の名無しで出ています:2008/02/15(金) 23:14:33 ID:GIJo3/3d
「ブルーシャンペン」は隠れた名曲と言っていい。幼稚っぽい印象が否めない「夕子の涙」や盛り上がりに欠ける「数寄屋橋ブルース」よりも、「ブルーシャンペン」の方が楽曲としては優れているかもしれない。
あと、「五月のバラ」の話題で盛り上がっていたようなのでバラつながりで言えば、「薔薇の涙」も忘れてはいけない佳曲。

84 :昔の名無しで出ています:2008/02/16(土) 09:53:14 ID:8NE53WpB
三田明の曲には女性名が多数出てくるよね。
「薔薇の涙」を最初聴いたとき、ローザが人名だとは気づかなかったよ。
ジュリーから始まって、エルビラ、ジェニー、ローザ・・・・・
ちなみに日本の女性名だと夕子が挙げられるけど、ほぼ同じ頃安達明の「悲恋」にも
歌詞の中に夕子〜〜とあるけど、夕子という名前は流行りだったのかな?
だいぶ後年には、増位山が「そんな夕子に惚れました」をヒットさせてるけどね。

「薔薇の涙」「真珠の恋人」「ナイトイン六本木」はタイトルを見ただけでも
GSを意識してるのはよくわかるよね。

85 :昔の名無しで出ています:2008/02/17(日) 17:59:15 ID:Bb45xI5W
確かに「ナイトイン六本木」「アイビー東京」「夕子の涙」はGSを意識したアレンジとなっている。アレンジは吉田正によるがなかなかマッチしていて今聞いてものれる。

86 :昔の名無しで出ています:2008/02/18(月) 09:27:15 ID:GJCifSAs
三田明「薔薇の涙」「真珠の恋人」
スパイダース「真珠の涙」
ワイルドワンズ「バラの恋人」
・・・・タイトルが錯綜してて何がなんだか・・・ちなみにすべて昭和43年の曲(しかも、どれもそこそこヒット)

「数寄屋橋ブルース」で都会調のブルースを歌い、「初恋こいさん」で日本調の曲のあと、
「薔薇の涙」でGS調という・・・・よく言えば幅広いジャンルを、悪く言えば無節操にいろいろ
歌ってるね。ただ、聴き手としては、ワンパターンの曲ばかりより楽しめていいんだけどね。


87 :昔の名無しで出ています:2008/02/18(月) 09:41:01 ID:0A70vHa6
三田がフランク永井先輩の曲を歌いたいといったら
師匠の吉田正先生がおまえには10年早いと言われた
そうですが、実際のところはどうなんでしょうか?
彼に歌いついでもらいたいのですが。

88 :昔の名無しで出ています:2008/02/18(月) 19:59:00 ID:bRCGGZa3
>>86
「薔薇の涙」と「バラ色の雲」は前奏と間奏に似てるフレーズがあるね。「バラ色の雲」が先にあったので吉田正は「バラ」つながりでそのフレーズをパクっちゃったのかもね。
>>87
フランク永井の「妻を恋うる唄」はカバーしてるね。吉田正が亡くなってからもう「10年」たつからちょうどいいをじゃないかな。「死人に口無し」

89 :昔の名無しで出ています:2008/02/18(月) 23:16:49 ID:GJCifSAs
「若い翼」のB面「東京で二人」は、三浦洸一の「東京の人」に曲の雰囲気が似ている。
なぜこちらをA面にしなかったのかな?
まあ、アイドル的売り方をするなら「若い翼」がA面は妥当だとは思うけど、
曲的には「東京で二人」の方が断然いいと思う。
また、それから2年後の「数寄屋橋ブルース」は逆にB面の「星と貝がら」の方が断然いいと思う。

♪誰も見てない〜星降る渚〜二人歩こう〜何処までも〜〜
なかなかロマンチックな曲です。
ちなみにそれから2年後に愛田健二が「花と貝がら」という曲を出して非常に紛らわしいです。

90 :昔の名無しで出ています:2008/02/19(火) 16:22:16 ID:AYVhx61R
>>75
三田明初の大阪モノは、吉永小百合とデュエットした「若い二人の心斎橋」かもよ。

91 :30歳の男:2008/02/19(火) 16:43:16 ID:tAwT+ux5
概して吉田メロディは作風が似てるんだよね。
それにしてもみなさんは三田のコアなファンだね。
僕は全曲集しか持ってないからCD化されていない曲は
まったく知らない。いや勉強になりますよ。

92 :昔の名無しで出ています:2008/02/20(水) 07:04:23 ID:XkwsXLdB
>>91
茨城県日立市の吉田正記念音楽館に行けば、CD化されていない三田明の曲が聞けます。

93 :昔の名無しで出ています:2008/02/20(水) 10:07:06 ID:yB9SeNVh
都内の中古レコード店を回ると、三田明のレコードを見つけるのは苦労しないよ。
普通の中古店ならシングルレコードで500〜1500円くらいが相場かな?
私もそれで未入手レコードをほぼ集めましたからね。
先日、長年探してた「山に登って」も入手して、
デビュー〜44年頃までの全盛期の未所持レコードは「森蘭丸」のみ。

94 :昔の名無しで出ています:2008/02/21(木) 09:05:33 ID:PS1eo9dJ
三田明は股旅物は歌ってないよね?
その点を比較すると橋幸夫より歌の幅が狭いかもしれない。
三田明は橋以上にリズム歌謡に力を入れるべきだったと思う。
「恋のメキシカンロック」は三田の方が合ったかもしれないし、
同時期発売の三田の「また逢う日まで」は橋の方が合ったかもしれない。

95 :昔の名無しで出ています:2008/02/21(木) 21:19:28 ID:+y1X40rH
>>94
三田にも股旅モノを歌わせようとすればそれなりのものができたんじゃないかな。
ただ、それをすると橋と三田のイメージがますますかぶっちゃうことも否めないね。

96 :昔の名無しで出ています:2008/02/22(金) 09:06:48 ID:7ZAne208
三田明には、昭和40年に橋が出した「すっとび野郎」のような軽快なリズム的股旅物が合うかもしれないよね?
「佐久の鯉太郎」も三田に歌わせたかったな。
ところで、橋が昭和41年に大賞目的で利根一郎作曲の「霧氷」に力を入れてる頃、
三田は吉田正作曲の「恋人ジュリー」を歌ってるよね。
この曲は、吉田正がかなり気合いを入れて作った渾身の作のように思えるんだけど(ちなみに作詞も吉田正)
この頃から吉田正の作品のウエイトは橋から三田の方に傾きだしたように思えるけど、どうだろう?
42〜44年頃の吉田正作品は、橋より三田の方に優れた作品が多い気がするんだけど・・・


97 :昔の名無しで出ています:2008/02/23(土) 16:34:33 ID:uvFYnjfp
「僕のそばには君がいる」は、「君たちがいて僕がいた」にタイトルが似ている。

98 :昔の名無しで出ています:2008/02/24(日) 00:31:19 ID:iNGPLnIJ
三田は橋のようにコブシがコロコロ回らないので股旅ものは不向きかもしれないけど、比較的軽快な「すっとび野郎」や「佐久の鯉太郎」の三田版は聞いてみたいと思う。意外と橋より粋でいなせになるかもしれない。

99 :昔の名無しで出ています:2008/02/27(水) 09:34:50 ID:UcmokyOa
三田の紅白初出場曲が「ごめんねチコちゃん」だったのが色々な面でまずかったと思うのは
私だけだろうか?
同じ年初出場の西郷輝彦「十七才のこの胸に」と比較しても幼稚さが全面に出てしまって
歌よりもルックス重点のかわい子ちゃん歌手のイメージを強烈に植え付けてしまった気がする。
逆に西郷は三田と同年齢ながら、大人びた雰囲気が目立ったし(年齢詐称云々と騒がれたね)
結局そういう点が、三田が出発点で御三家に遅れをとった原因のような気がする。
吉田正から見たら三田の歌唱は、橋に比べかなりの低評価だったのだろうか?

100 :昔の名無しで出ています:2008/02/27(水) 19:04:55 ID:1fKywGgA
三田のデビュー当時はあまり歌はうまくなく、「美しい十代」のレコーディング時にも吉田正は相当手を焼いたらしい。
デビューは西郷より三田の方が先輩なのに、三田が御三家からもれたのは、彼が久保浩や梶光夫、安達明などと同レベルの青春歌手のイメージがあったからだろう。
GSブームが来ると久保や梶らはすぐ売れなくなるが、三田は着実にヒット曲を重ねて行き御三家を追いかけるポジションに登り詰め、ついに「四天王」と玉置宏に言わしめるようになる。

101 :昔の名無しで出ています:2008/02/28(木) 15:16:55 ID:NfEbNsOA
同じビクターの久保浩は三田よりかなり地味で、青春歌謡の衰退と共に森進一系統の盛り場演歌路線に
流れて行ったね(昭和44年の「流転花」あたりは森をモロにパクリ)
ただ、昭和43年に出した「北国の渚」はGS歌謡の傑作と言っても過言ではないGSを意識した名曲で、
この曲を三田明が歌ったらまた違った味わいがあったと思う。
結局ビクターでは森進一系統の盛り場演歌路線が爆発ヒットして、橋幸夫ですら同様な路線の
「京都神戸銀座」を出しているけど、三田は結局演歌路線には流れなかったね。

102 :昔の名無しで出ています:2008/02/28(木) 15:58:08 ID:tnvM3086
歌謡祭で「また会う日まで」を歌ってたよ。
初めて聞いたわ。

103 :昔の名無しで出ています:2008/02/28(木) 19:27:03 ID:qrlpK4z3
青春歌謡の衰退と同時に森進一と青江三奈の「盛り場演歌」「ブルース演歌」が台頭、折りからのGSブームに飲み込まれることもなく森と青江はヒット曲を量産する。
三田もそれに乗ろうと「数寄屋橋ブルース」を発売、そこそこ売れるが、青春歌謡歌手のイメージを払拭することはできなかった。

104 :昔の名無しで出ています:2008/02/29(金) 09:08:33 ID:101FGbDL
ただ、「数寄屋橋ブルース」は盛り場演歌やブルース演歌の類というより、
フランク永井的都会派ムード歌謡(このジャンルもムードコーラスグループを除けばこの頃は青春歌謡以上に衰退)
の延長線上の曲だから、曲そのものに森や青江のようなバタ臭い演歌臭はしないよね。
三田の場合は、だいぶ後に出した「並木の雨」とか「ほおずきうそつき」あたりは
演歌のカテゴリーに入れても遜色はないだろうか?

105 :昔の名無しで出ています:2008/02/29(金) 18:19:10 ID:QDLbdwNQ
確かにフランク永井に代表される「都会派ムード歌謡」と、森進一らの「盛り場歌謡」は別物。三田明の「数寄屋橋ブルース」は吉田正作曲ということで前者に属すだろう。
吉田メロディーにはバタ臭い曲が極めて少ない。それが、吉田門下生のほとんどが昭和40年代に廃れてしまったゆえんでもあろう。40年代以降は、バタ臭い曲がもてはやされたからだ。
後年発売された「並木の雨」は演歌調ではあるが、三田がバタ臭くないので、聞いていても不思議と演歌っぽく感じない。

106 :昔の名無しで出ています:2008/03/01(土) 08:19:55 ID:AeIJI/n+
昭和40年代に入って廃れた歌謡ジャンルといえば、
「股旅物」と「マドロス物」が挙げられる(これらは30年代までは流行歌のテーマの王道だった)
三田に股旅物はないけど、「若い港」はマドロス物といえるかもしれない。
かなり青春歌謡風にアレンジされてるけど、なかなかいい出来だと思う。
その2年後に橋と吉永小百合のデュエットで出した「夢見る港」が
完璧に旧時代的な古くさい仕上がりになっているのに比較したら、
「若い港」はマドロス物最末期の洗練された名曲といえるかもしれない。

107 :昔の名無しで出ています:2008/03/02(日) 00:20:31 ID:kUNlAGd1
「若い港」は「月月火水木金金」によく似ている。「月月火水木金金」は艦隊勤務の曲で、軍歌にしては曲調が軽快でハツラツとしている。推測の域を出ないのだが、おそらく吉田正は「若い港」の曲のイメージを同じ船つながりの「月月火水木金金」から拝借したのかもしれない。

108 :昔の名無しで出ています:2008/03/02(日) 01:05:56 ID:fkRl8XSG
当時、ニートなんて概念は誰も持っていなかったろうね。
今、あれから四十年余が経ったわけだが。「若い港」は
マドロス物かな?航行練習生だ。「若い翼」もそうだね。

109 :昔の名無しで出ています:2008/03/02(日) 23:23:44 ID:kUNlAGd1
「若い港」は立派なマドロス物。この曲が発売された昭和39年はマドロス物ブームはすでに終わっており、あえて勝負に出た曲なのだろう。「若い翼」はマドロス物とは言えないが、「若い港」の続編と言える曲か。
「若い港」「若い翼」の間に発売された「高校騎兵隊」も忘れてはいけない佳曲だ。

110 :昔の名無しで出ています:2008/03/05(水) 17:45:01 ID:cq6A7ae8
「高校騎兵隊」を聴くと、明らかに舟木を意識した学園物だね。
その他に「友よ歌おう」「すばらしき級友」等々あるが、
その中でも「赤い夕陽」は内容的にあまりにも舟木の二番煎じ的な曲で印象が弱い。
学園物という範疇で考えるなら、舟木は別格にして
三田よりも舟木と同じくコロムビアの安達明の方が名曲揃いだと思う。
この頃の三田明は、まだ歌手としての個性や方向性が定まっていなかったのかもしれない。
「若い港」はそういう意味で色々模索しながら、敢えてテーマをマドロス調の青春物に
挑んだと思うんだが・・・・

111 :昔の名無しで出ています:2008/03/05(水) 19:43:56 ID:P4Lvztmv
当時、ビクターや吉田正サイドは橋幸夫の売り込みがまず第一で、三田はどうしても橋の後塵を拝せざるを得なかったのだろう。
「美しい十代」でデビューしたころは鳴り物入りで売り出したが、それ以降しばらくは方向性を見失い、ヒットの規模も小さくなっていた。「若い港」や「ごめんねチコちゃん」あたりはまさにその暗中模索の最中の曲と言えよう。
三田の方向性を決定付けた曲は「アイビー東京」だろうか。以降「恋人ジュリー」「夕子の涙」など“三田カラー”の名曲が続く。

112 :昔の名無しで出ています:2008/03/06(木) 09:32:43 ID:DWhG9xiT
本来なら、昭和39年の橋の「恋をするなら」から始まるリズム物は三田明が歌うべきで
あったと思うんだが・・・・・
そうすれば、三田明=リズム歌謡という個性が定着して、以後の三田の歌手活動もプラスに
影響したかもしれない(当然御三家は三田が入ることになる)
当時舟木や西郷の勢いに、少々押され気味だった橋が新機軸開拓の一環としてエレキブームに
乗ってリズム歌謡を打ち出して大成功したわけだけど、
三田のリズム物は、41年の「アイビー東京」まで1曲もないのはちょっと解せない。
リズム物は、少々歌唱力に問題があってもリズム感があれば簡単にこなせると思うんだが・・・・


113 :昔の名無しで出ています:2008/03/07(金) 21:32:14 ID:QQFe2wVv
デビュー曲「美しい十代」のインパクトがどうしても強くて、なかなか青春歌謡が脱却できなかったのだろう。「美しい十代」でデビューしなかったら、三田は青春歌謡にとらわれることはなかっただろう(売れたか売れなかったかは別にして)。


114 :昔の名無しで出ています:2008/03/08(土) 00:00:17 ID:7PudwzEn
こぶしがコロコロ回る橋のリズム物より、三田明の一連のリズム物
「アイビー東京」「恋のアメリアッチ」「タッチアンドゴー」「カリブの花」の方が
洗練されてて、リズムセンスも良くカッコいいよね。

115 :昔の名無しで出ています:2008/03/08(土) 12:50:42 ID:U+YMwWU4
「カリブの花」のB面「世界の街で恋をしよう」はなかなかの傑作だと思う。
世界各地をテーマにした壮大なご当地ソング的仕上がりで、アレンジも面白く
B面で埋もれてしまっているのはもったいない。
これをA面にしても「カリブの花」同様売れたと思う。

116 :昔の名無しで出ています:2008/03/09(日) 20:49:53 ID:0jifZi1V
三田の歌に限らず、B面にこそ名曲が多いものだ。せっかくの名曲もB面に追いやられたが故に埋もれてしまうのはもったいない。
それでも両面がヒットしたり、B面曲がA面に入れ替わったりするパターンもある。
三田の「恋人ジュリー/青山通り」や石原裕次郎の「夜霧よ今夜も有難う/粋な別れ」は両面ヒットし、三田の「ごめんねチコちゃん」はB面曲だったが、A面(三田の曲ではない)をしのぐヒットとなり、三田はこの曲でNHK紅白歌合戦に初出場している。

117 :昔の名無しで出ています:2008/03/10(月) 11:07:09 ID:0R0sOMJy
「青山通り」はお洒落ないい曲だよね。これも吉田正の都会派ムード歌謡の範疇に入るのかな?

118 :昔の名無しで出ています:2008/03/10(月) 18:34:21 ID:liqRVQea
「青山通り」は都会派ムード歌謡と青春歌謡をうまく融合させた曲と言えるか。確かにおしゃれなメロディーだ。吉田メロディーは類似曲も多いが引き出しも多い。

119 :昔の名無しで出ています:2008/03/12(水) 10:28:52 ID:HAktRxK0
三田の「恋人ジュリー/青山通り」は両面とも名曲だけど、
同じ時期に発売された久保浩の「星空のミッシェル」も負けず劣らずいい曲だよ。
ともに吉田正作曲だけど、この頃の吉田の青春歌謡は哀愁味があって力作揃いだよね。
個人的には橋の「霧氷」より「恋人ジュリー」「星空のミッシェル」の方が好きだな。

120 :昔の名無しで出ています:2008/03/13(木) 08:30:30 ID:/3iZjUOq
三田明のレコード売り上げベスト3は、
「美しい十代」「恋人ジュリー」「夕子の涙」で問題はないのかな?

121 :昔の名無しで出ています:2008/03/13(木) 21:22:09 ID:MmCSx232
確かに昭和30年代後半から40年代の吉田作曲の青春歌謡は力作が多い。同時期に青春歌謡を数多く手掛けた遠藤実を意識していたからかもしれない。

122 :昔の名無しで出ています:2008/03/13(木) 21:27:52 ID:GCbNyBvM
>>120
1位は「美しい十代」でいいが、2位は「夕子の涙」だろう。3位が微妙で「アイビー東京」か「恋人ジュリー」あるいは「薔薇の涙」あたりかと思う。
三田全盛期にオリコンがないから正確なデータがない。ちなみに、オリコンデータの中での1位曲は「薔薇の涙」。

123 :昔の名無しで出ています:2008/03/14(金) 19:36:39 ID:ekNvwnlb
個人的には、「薔薇の涙」より「ナイトイン六本木」のイメージの方が強いな・・・・

それから「サロマ湖の空」は、「薔薇の涙」以上に売れてもおかしくなかったと
密かに思うんだけど、やはりインパクトが弱かったのかな?


124 :昔の名無しで出ています:2008/03/14(金) 21:15:53 ID:xABCEmIR
「サロマ湖の空」が発売された昭和44年から、三田の人気にかげりが見え始め、レコードセールスも落ち込んで行くが、辛くも紅白には出場できた。
翌年「涙と微笑み」「ふれあい」などが発売されるが思うように振るわず、ついに紅白落選の憂目を見る。それから実に40年近く、三田は紅白に出ていない。

125 :昔の名無しで出ています:2008/03/15(土) 08:32:38 ID:2AzGnEwl
昭和42年・夕子の涙
昭和43年・薔薇の涙
昭和44年・あなたの涙
・・・・・これはひょっとして「涙シリーズ」なのかな?ただ、曲調はそれぞれ全然違うんだけどね。

126 :昔の名無しで出ています:2008/03/15(土) 19:53:45 ID:Fu1gVYhH
「涙シリーズ」と意図してつくられたものではないみたいだが、たまたま「夕子の涙」が予想以上に売れたので、2匹目のドジョウというわけではないのだろうが、涙つながりで「薔薇の涙」「あなたの涙」がつくられたんだと思う。
面白いことに3曲とも作詞者が違う。「夕子の涙」は作曲した吉田正の作詞で、「薔薇の涙」は水島哲、「あなたの涙」はなかにし礼が作詞している。

127 :昔の名無しで出ています:2008/03/17(月) 09:47:09 ID:R1G8gSTq
「夕子の涙」の一つ前に発売された「恋人の泉/海の道」は両面とも隠れた名曲だよね。

128 :昔の名無しで出ています:2008/03/18(火) 23:11:45 ID:UUfd9jFj
「恋人の泉」は確かイントロが日野皓正のトランペットだったはず。ちなみに「惜別のワルツ」のジャケットの撮影カメラマンはかつて三田も絶賛した秋山庄太郎によるもの。当時の三田の期待度がうかがえる。

129 :昔の名無しで出ています:2008/03/19(水) 08:32:47 ID:KzzHCb8B
「惜別のワルツ」は曲調が三田のカラーに合ってなかったような気がするけどね個人的には。
むしろB面の「神秘な恋」の方が、恋人ジュリー的哀愁味があって好きだな。

ところで昭和40年の紅白では「若い翼」を歌ったことになってるけど、それで間違いないのかな?

130 :昔の名無しで出ています:2008/03/19(水) 19:30:30 ID:w7sjXg6H
紅白に関するあらゆる資料を見ても、三田明の昭和40年紅白歌唱曲は「若い翼」となっているから間違いないだろう。
以前、NHKアーカイブで昭和40年の紅白(カラー版)を視聴したが、一部の映像が欠落しており、三田の出番も見ることはできなかった。同年紅白の白黒版なら全編残っているが、残念ながらアーカイブでは公開されていない。

131 :昔の名無しで出ています:2008/03/20(木) 12:02:03 ID:8uFasTko
>>130
モノクロ版は平成元年にBSで放送されたのみで、私はそれを(親戚に頼んで)録画してある。
観てみたら、三田はパイロット姿で歌っており、出だしの英語セリフにはじまり、テンポ速めでフルコーラス歌っていた。
余談だが、三田が歌い終わると、スッチー姿のペギー葉山・西田佐知子が現れ、
「皆さま、乗り物酔いしませんでしたでしょうか。気分が悪い時にはこれを」と、客席にキャンディーを配っていた。

132 :昔の名無しで出ています:2008/03/21(金) 16:40:28 ID:r3UEz6pc
>>131
それは見てみたいものですね。今現在、NHKアーカイブ公開施設で三田の紅白出場の勇姿を拝見できるのは、昭和41年「恋人ジュリー」、昭和43年「薔薇の涙」、昭和44年「サロマ湖の空」の3本しかない。

133 :昔の名無しで出ています:2008/03/22(土) 17:27:22 ID:S5x7A1OL
布施明は昭和49年に「積木の部屋」をヒットさせてるけど、
三田明も翌昭和50年に「孤独の部屋」というレコードを出している。
さすがにこの頃の曲になると、曲を聴いてもヒットの要素が乏しいのがよく分かるが
その中でも翌昭和51年に出した「さよならの向こうで」は名曲だと思う。
たしかこの曲はどこかのムードコーラスグループも後にレコード化したと思ったが・・・

134 :昔の名無しで出ています:2008/03/22(土) 19:50:31 ID:u4wVnqOg
「さよならの向こうで」はロス・インディオスもレコード化している。
昭和50年代、すでに三田はヒット歌手としての地位はなく、主にものまね番組に出演、橋幸夫や森進一などのものまねを披露している。
三田のものまねはレパートリーが広い上にものまねする本人によく似ており、当時の「ものまね四天王」の一翼を担うことになる(ちなみに他の3人は五木ひろし、ちあきなおみ、森昌子)。
そんな中でも、三田はコンスタントにシングル盤をリリースしていた。

135 :昔の名無しで出ています:2008/03/24(月) 21:08:06 ID:gWA56Jum
「真珠の恋人」「ブルーシャンペン」など未CD化(現在吉田正記念音楽館で聴けることができる)の歌がCD化されるのは果たしていつだろうか?

136 :昔の名無しで出ています:2008/03/25(火) 13:46:59 ID:YsINBuNW
歌手生活○○年記念ベストアルバムとかが出ないとまずCD化は無理そうだよね。
レコードプレーヤー持ってるなら、中古店でシングルレコード探すのが手っ取り早いけどね。
「真珠の恋人」「ブルーシャンペン」などはまだ三田が全盛の頃の曲だから、可能性はある
だろうけど、昭和45年あたり以降の曲を聴きたいとなればもうレコードを探すしか手はないのでは
なかろうか。三田のシングルは以外に安価で手に入るしね。
(以前、東京の某中古レコード店で三田明のリサイタル実況LPがおいてあったけど、
 1万円に届く価格にさすがに手が出なかったことがあったけどね)
「ブルーシャンペン」のシングルは中古店でもあまり見る機会はないけど、
たまに見つけても値段はせいぜい1000円前後だから入手はしやすいかもね。
また、シングルレコードは音を聴くだけではなく、ジャケットそのものも価値あるからね。

137 :昔の名無しで出ています:2008/03/26(水) 10:00:07 ID:dXyaybnr
昭和45年以降になると、
「振り返ってみたけれど」「よけりゃ死ぬまでついてこい」「運命と云うのはたやすいが」など
ダラダラ長いタイトルの曲が出てくるよね。

138 :昔の名無しで出ています:2008/03/26(水) 19:27:17 ID:VRXzj3ZU
「寄り道来た道帰り道」なんてのもあったね。タイトルを長くすることでインパクトを出したかったのだろう。
あるいは、全盛時の「みんな名もなく貧しいけれど」「僕のそばには君がいる」「泣かせてごめんネ」などにあやかって長くしたのかもしれない。

139 :昔の名無しで出ています:2008/03/27(木) 12:02:00 ID:Qt4uhkxw
「すばらしき級友」の級友の読み方は、
「きゅうゆう」ではなく「クラスメート」と読むのかな?
歌の最後の部分で、♪すばらしきクラースメートよーー♪・・・と歌ってるから
曲のタイトルもそんな感じがするんだけど・・・

140 :昔の名無しで出ています:2008/03/27(木) 20:31:45 ID:Jh3n9Xfl
タイトルは「きゅうゆう」で、歌詞は「クラスメート」と読ませる可能性もあるね。

141 :昔の名無しで出ています:2008/03/28(金) 18:04:38 ID:oWlBSso5
デビュー曲の「美しい十代」「みんな名もなく貧しいけれど」はレコードジャケットが
カラー刷りだったけど(同時期デビューの梶や安達、さらに翌年デビューの西郷ですら2色刷りのモノトーン)
この「すばらしき級友」や「友よ歌おう」では西郷らと同じ2色刷りになっちゃったよね。
それから再びカラーのジャケットに戻るのは「泣かせてごめんね」あたりからだと思うけど。

142 :昔の名無しで出ています:2008/03/28(金) 21:26:00 ID:/Ptgw+jv
「美しい十代」が発売された(昭和38年10月)同時、レコードジャケットはまだ白黒か2色刷がほとんど。同じビクターの看板歌手・橋幸夫ですら、その当時はまだ白黒ジャケットだった。
いかに三田への期待度が破格だったかが伺える。美少年はカラーだから映えるもの。

143 :昔の名無しで出ています:2008/03/29(土) 14:14:48 ID:IQFIiQ2d
ひょっとしたら、昭和39年11月に発売された「美しいあした」は、
デビュー1周年を記念して出された「美しい十代」の続編かもしれないよ。

144 :昔の名無しで出ています:2008/03/31(月) 09:19:00 ID:K1pwVE7x
「薔薇の涙」のレコードジャケットのデザインは2パターンあるのは知ってたけど、
「ナイトイン六本木」にも2種類あるらしい。
三田明には、知る限りでは別ジャケのある曲はこの2曲だけだと思うが・・・

145 :昔の名無しで出ています:2008/03/31(月) 16:00:31 ID:WMUs84S+i
Α面「ブルーシャンペン」もΒ面と(曲名は忘れたが)2枚ジャケットだと思ったが‥
うろ覚えなので間違っていたら失礼。

146 :昔の名無しで出ています:2008/03/31(月) 17:20:23 ID:K1pwVE7x
あ、それはWジャケのことだよね。
昭和41〜43年頃のシングルはA面B面別々のジャケットが二つ折りで入ってたんだよね。
「ブルーシャンペン」「カリブの花」「恋のアメリアッチ」あたりがそうだよね。
あと、「恋人ジュリー」「恋人の泉」あたりは一枚物の写真を二つ折りで横長見開きだよね。

「薔薇の涙」に関してはジャケットは1枚ペラ物だけど、全く違うデザインの物が存在するんだよね。
(薔薇の鎖の囲みの中に三田がいる構図のデザインと、グレー地のバックの右側に薔薇の
イラストがあって三田が左側から右方向へ横を向いたショットの2種類)

147 :昔の名無しで出ています:2008/03/31(月) 20:14:31 ID:WMUs84S+
>>145だけど情報有難う。
そうなんだよね。
あの頃のジャケットって2枚折りが流行りで買って帰宅して開けるのが楽しみだった。

148 :昔の名無しで出ています:2008/04/01(火) 12:47:41 ID:xnMh4Q+1
「真珠の恋人」のB面の「夜霧の36階」は、日本初の高層ビルの霞ヶ関ビルを歌ったものだけど、
今聴くと時代の流れを感じるよね。

149 :昔の名無しで出ています:2008/04/02(水) 21:01:57 ID:7doUxKNF
二つ折りのレコードジャケットは、昭和42、3年頃のビクター版に多い。わが家にある古いレコードの森進一「盛り場ブルース」「命かれても」「女の岬」、青江三奈「伊勢佐木町ブルース」も2つ折りジャケット。
その翌年あたりの青江三奈「長崎ブルース」「池袋の夜」、森進一「港町ブルース」「年上の女」あたりは1枚ジャケットに戻ってしまい、なぜか損失感を覚えた記憶がある。

150 :昔の名無しで出ています:2008/04/02(水) 23:18:29 ID:38UGtkbK
A面とB面がセットになったWジャケットのほかに、二つ折りで歌手の全身を収めた縦型のジャケットもあったよね。
ビクターでは橋幸夫が「夜は恋する」「恋のメキシカンロック」「佐久の鯉太郎」「思い出のカテリーナ」と
結構多いんだけど、三田の場合は「また逢う日まで」のみだね。
あとWジャケは、ビクターはたしかに昭和44年に入るとほとんどなくなるけど、
コロムビアは昭和45年初頭ころまであったと思う。
ちなみに四天王のWジャケ最後のレコードは、
三田が「初恋こいさん」、橋が「荒野のまごころ」、舟木が「再会」、西郷が「掠奪」



151 :昔の名無しで出ています:2008/04/03(木) 00:42:34 ID:SaX3DQL/
俗に「両Α面」なんていってた。(笑)

152 :昔の名無しで出ています:2008/04/03(木) 10:43:28 ID:XE39VF6a
その「両Α面」曲は、実際のところ歌番組なんかでは同等の扱いで歌っていたのだろうか?
たとえば「恋人ジュリー/青山通り」は、こっちの歌番組では恋人ジュリーを歌い、
あっちの歌番組では青山通りを歌い、とちゃんと等しく歌い分けていたとか・・・・

153 :昔の名無しで出ています:2008/04/04(金) 14:12:34 ID:j984eLv+
歌手生活10周年記念で発売された「赤毛のおんな」は、ジャズっぽい曲調で
フランク永井あたりが歌ってもいい味が出そうな名曲だよね。
吉田正も相当力を入れて作った曲ではないのかな。
ところでこの曲は、三田自身が後年再リリースしてるよね?

154 :昔の名無しで出ています:2008/04/05(土) 14:13:37 ID:9vwGAUNc
「来た道寄り道帰り道」のB面「夜行列車」もいい曲だよ。

155 :昔の名無しで出ています:2008/04/07(月) 11:41:20 ID:ubzN9Y7B
♪白い野バラを捧げる君に〜(昭和38年・美しい十代・三田 明)
♪白い野バラの花のように〜(昭和34年・ 恋 人 ・三浦洸一)

ともに、作詞佐伯孝夫 / 作曲吉田正だけど、出だしが似ている。

156 :昔の名無しで出ています:2008/04/07(月) 21:56:03 ID:KLYLs8Ug
>>155
美しい十代は宮川哲夫作詞

157 :昔の名無しで出ています:2008/04/08(火) 17:01:38 ID:C/jsCtJ8
なぜ三田明のデビュー曲をビクターの大御所佐伯孝夫が書かなかったのかな?

158 :昔の名無しで出ています:2008/04/08(火) 22:39:59 ID:RtL/G3+y
>>157
三田の佐伯作品は皆無ではなく「数寄屋橋ブルース」などはあることはある。でも同じ吉田門下の橋幸夫、フランク永井らに比べたら圧倒的に少ない。
それはなぜか。あくまで推測の域を出ないのだが、佐伯が三田の歌手としての力量を認めていなかったのかなと思う。あるいは三田の所属事務所の関係かもしれない。

159 :昔の名無しで出ています:2008/04/09(水) 15:44:04 ID:Na9/akUW
レコード会社側にも、橋幸夫とまったく作家が同じだとまずいという配慮もあったんじゃないかな?
昭和39〜40年に三田にリズム物が一曲もなくて、むしろ舟木路線的な曲が多いのも
橋と三田の方向性が完全に重複するのを避けた結果のように思えるけど、どうだろう?

160 :昔の名無しで出ています:2008/04/09(水) 21:55:20 ID:AQ2hwADG
それはあるかも。同じ門下だから、ある程度住み分けが必要だったんだろう。
過日、川内康範氏が亡くなったが、三田の川内作品は「高校騎兵隊」「ブルーシャンペン」がある。

161 :昔の名無しで出ています:2008/04/09(水) 22:31:24 ID:???
美少年は美中年になりえずキモイ姿をさらすようになってしまった。
これでやっぱり美容整形の怖さと言うものを知った。

162 :昔の名無しで出ています:2008/04/10(木) 16:49:28 ID:k8rtQ8yR
「高校騎兵隊」を聴いてると、何となく「君たちがいて僕がいた」の曲のイメージとダブってしまう。


163 :昔の名無しで出ています:2008/04/10(木) 22:05:15 ID:xBK0+bsy
「高校騎兵隊」と「君たちがいて僕がいた」はどちらも軍歌調っぽい感じで、雰囲気が似ている。歌詞の内容は全然違うが。
「高校騎兵隊」なんてのはいかにも極右の川内らしい作品だ。

164 :昔の名無しで出ています:2008/04/11(金) 17:14:02 ID:QkzNBwxM
川内康範は、橋幸夫に機動隊を賛美する「この世を花にするために」という曲を書いているが
橋は機動隊で、三田は騎兵隊とはすごいですね。
しかも「高校騎兵隊」の歌詞の中で、♪赤い血潮で染め抜いた〜〜 というフレーズは、
とても戦後20年も経た後の流行歌の歌詞とは思えない鋭さがあって驚くよ。

165 :三田さん大好き:2008/04/11(金) 21:47:40 ID:SLsxn0hq
お邪魔します。
あなたは三田さんのファンですか?
だったら161のようなことは書かないですよね。
悲しいです。

166 :昔の名無しで出ています:2008/04/11(金) 21:51:44 ID:zEuAXTaD
川内康範は過激派と言っても過言ではない。だから森進一を死ぬまで徹底的に許さなかった。
見たは「高校騎兵隊」の歌詞を♪僕らは中年騎兵隊〜などと勝手に変えて歌わなくてよかった。

167 :昔の名無しで出ています:2008/04/12(土) 09:33:58 ID:9qw1wR4t
その川内が、森進一の「花と蝶」や水原弘の「君こそわが命」を書いているというのも
意外だけど、三田の「ブルーシャンペン」を書いてるのはもっと意外に感じる。
カタカナ横文字タイトルの曲をよく書いたもんだよね。
この曲がもし軽薄でアッケラカ〜ンとしたリズム物だったら、絶対許さなかったかもね。

168 :昔の名無しで出ています:2008/04/14(月) 09:09:40 ID:iGHXVk7g
「明日は咲こう花咲こう」は吉永小百合主演の日活映画の主題歌だけど、
三田明自身も、歌手三田明の本人役で出演してるね。

169 :昔の名無しで出ています:2008/04/14(月) 20:06:21 ID:r4QBrl9e
歌とのタイアップだが、三田明出演の映画は何本かある。その中に三田主演の映画もある。

170 :昔の名無しで出ています:2008/04/15(火) 11:46:30 ID:BDVqo9cz
たしかデビュー曲の「美しい十代」も昭和39年に映画化されてるんじゃなかったかな?

その他、「近代映画」四天王特集号(昭和43年末・刊)の記事によると、
三田主演の「街に泉があった」正月封切り云々とある。
あと、「恋人ジュリー」もたしか映画化されたと思うけど、曖昧で分からない。

171 :昔の名無しで出ています:2008/04/16(水) 16:44:06 ID:ZTAX26yl
三田明の時代物を調べてみると
「安寿と厨子王」「燃ゆる白虎隊」「牛若丸」の3枚しか無さそうなんだけど、
橋・舟木から比べたらかなり時代物は少ないよね。
やはり時代物は三田のカラーに合わなかったのかな?
ただ、西郷輝彦はもっと少なそうで「青年おはら節」くらいしか思い浮かばない。

172 :昔の名無しで出ています:2008/04/18(金) 09:37:28 ID:rK/L7zAM
「大阪ろまん」「大阪ぐらし」はフランク永井の名曲だけど、三田にも「大阪ナイト」という曲があって混同しやすい。

173 :昔の名無しで出ています:2008/04/20(日) 18:58:44 ID:hCZFfeAg
吉田正の大阪モノは結構あるね。三浦洸一の「大阪な人」も忘れてはいけない。

174 :昔の名無しで出ています:2008/04/20(日) 21:03:30 ID:sxR/8y8t
>>172
「大阪ろまん」は吉田先生であってるけど、「大阪ぐらし」は大野正雄作曲。

三田の大阪ものは他に吉永小百合とのデュエット「若い二人の心斎橋」がある。

175 :昔の名無しで出ています:2008/04/21(月) 11:35:35 ID:2TdEKJ98
>>173 
三田明版「大阪の人」聴いてみたいね。
三田の場合は、フランク永井の低音よりは三浦洸一の高音の方がカバーしやすいんじゃないかな?

176 :昔の名無しで出ています:2008/04/21(月) 19:15:10 ID:iE8Rhgqj
三田は音域が狭く、特に低音が弱いから、高音の方がカバーしやすいかもしれない。

177 :昔の名無しで出ています:2008/04/22(火) 17:21:14 ID:k/84RIj4
三田明が「弁天小僧」を歌ったら、結構軽いタッチでノリのいい仕上がりになりそうな感じがする。
三田が、三浦洸一の曲をカバーしたアルバムを出したら絶対に買うんだがなあ。


178 :昔の名無しで出ています:2008/04/22(火) 23:04:57 ID:43D8EShG
三田の「弁天小僧」聴いてみたいですな。意外と合うかもしれない。音域もそんなに広くないし。
ただ、三田の三浦洸一カバーアルバムは厳しいかも。「落葉しぐれ」「東京の人」「踊子」などは音域が割と広いので、三田は相当苦戦するだろう。

179 :昔の名無しで出ています:2008/04/23(水) 17:08:48 ID:htWG508d
もし三田に、吉田門下の先輩のカバーアルバムが出るとするなら、
ジャズ歌手出身のフランク永井や、音楽学校でクラシックを勉強した三浦洸一の技術の域に
三田がどれだけ自分の個性で迫れるか・・・というのが聴きどころだろうね。
自分流に消化して、先輩とは違った味が出せれば成功だと思うが。

180 :昔の名無しで出ています:2008/04/24(木) 17:05:53 ID:K4tRpfqf
昭和39年の紅白出場曲は「ごめんねチコちゃん」だけど、
この年は「高校騎兵隊」や「若い港」より「ごめんねチコちゃん」の方が売れたのだろうか?


181 :昔の名無しで出ています:2008/04/24(木) 18:01:04 ID:X0Wykp3V
紅白の出場曲の選考って何が基準かいまいちよく分からない。必ずしもその歌手にとってその年一番ヒットした曲が歌われるとは限らない。
「ごめんねチコちゃん」が紅白で歌われたのは、「高校騎兵隊」や「若い港」よりも曲のインパクトがあったからなのかな。

182 :昔の名無しで出ています:2008/04/25(金) 15:23:55 ID:pUqyUARF
昭和41年の紅白出場曲「恋人ジュリー」
昭和42年の紅白出場曲「夕子の涙」
昭和43年の紅白出場曲「薔薇の涙」
・・・・ここらへんの選曲はまあ順当だよね。ただ、妄想すれば
昭和41年の紅白出場曲「アイビー東京」(橋が霧氷だったから、三田でリズム歌謡を)
昭和42年の紅白出場曲「カリブの花」(2年連続吉田正のリズム歌謡で)
昭和43年の紅白出場曲「数寄屋橋ブルース」(吉田正の都会派ムード歌謡最末期の作品を)
・・・・ここら辺の曲も紅白で聴いてみたかったね。



183 :昔の名無しで出ています:2008/04/25(金) 18:52:10 ID:pP1xNN71
昭和43年紅白で「数寄屋橋ブルース」はぜひ紅白で聴いてみたかったね。
ただこの年、三田は白組トップバッターで、都はるみ「好きになった人」と対決した。紅組先攻だったので「好きになった人」のあとに「数寄屋橋ブルース」は地味かもしれない(選曲によって順番が変わるかもしれないが)

184 :昔の名無しで出ています:2008/04/26(土) 09:11:30 ID:dHUdJvfT
しかし都はるみと三田明の対決とは何度考えても凄いね。
唸り節演歌vs青春歌謡という、一見して妙な対決もまあ面白そうといえば面白そうだけど好みが分かれるだろうねえ。

「数寄屋橋ブルース」はフランク永井が歌っても、独特の低音が生きて素晴らしかったと思うけど、
逆に「西銀座駅前」の軽妙な都会的ムードを三田が歌ったら面白そうな感じがする。
次の新曲にこの曲のカバーなんてどうかな?



185 :昔の名無しで出ています:2008/04/26(土) 23:37:31 ID:???
美しい10代がみっともない60代にたどり着くまでの変遷には興味が湧きますねぇ。
やっぱりあの美容整形がことの始まりだったんでしょうか?

二重まぶたの手術に失敗しなければ、結構シブイ小柄なおやじになってたかも・・・・・・
歌唱力もデビュー当時を消し去るほど上達したんだし。

186 :昔の名無しで出ています:2008/04/27(日) 16:40:48 ID:aNkIdCCU
「西銀座駅前」のカバーは、一番三田にあってるかも。ただ出だしの♪ABC XYZ〜の低音がポイントだから、そこを三田がいかにうまく表現できるかどうか。

187 :昔の名無しで出ています:2008/04/28(月) 11:56:09 ID:zX1pnTdl
三田明の「赤毛のおんな」は完全なジャズだよね。
吉田正もよくあれだけのジャズ仕立ての曲を三田に書いたもんだと感心するけど、
この曲をじっくり聴いてみると、実際かなり難しそうな曲だよね。
こういった吉田正のセンスある曲を十分こなせれば、フランク永井のカバーも期待できるよ。

188 :昔の名無しで出ています:2008/04/28(月) 23:39:47 ID:j1D2AnTV
「赤毛のおんな」は、三田が吉田正に「大人のムードのある曲が歌いたいです」と懇願、吉田は「こういう曲は三田くんにはまだ早い」と言いながらも書き上げた曲で、三田のデビュー10周年記念曲としてリリースされたが、残念ながらあまりヒットしなかったようだ。
吉田が「まだ早い」と言っていた通り、レコードを聴くと三田はこの曲をあまりうまく歌いこなせていない。平成に入ってから三田はこの曲をセルフカバーしたが、そちらの方が格段にうまい。

189 :昔の名無しで出ています:2008/04/30(水) 21:38:05 ID:YtYJfkN6
「赤毛のおんな」の作詞は千家和也だと思ったけど、三田には珍しい作家を起用したもんだね。
ただ、この頃の三田は吉田正以外に結構いろいろな作家の作品に取り組んでるね。

190 :昔の名無しで出ています:2008/04/30(水) 22:30:15 ID:rAZU6ojM
「赤毛のおんな」の作詞は、三善英史の「雨」や殿さまキングスの「なみだの操」などを手掛けた千家和也で間違いない。
三田の曲は昭和44年頃までは100%吉田正作品と言っても過言ではなかったが、翌45年あたりからようやく吉田以外のメロディーを歌うことになった。しかしヒットには結びつかなかった。
話は変わるが、昨4月29日、三田は茨城県日立市の吉田正音楽記念館の開館記念コンサートに出演、そこでフランク永井の「有楽町で逢いましょう」「西銀座駅前」「公園の手品師」を披露したが、意外に合っていて驚いた。

191 :昔の名無しで出ています:2008/05/01(木) 10:58:53 ID:hXhBWM9C
三田明と橋幸夫を比較した場合、橋より三田の声質の方が柔らかい感じがする。
当然、橋より三田の方がフランク永井の曲に合うと思う。
ただ、フランク永井独特の低音を生かした音域を三田が完全に模倣するのは無理があるだろうから、
三田は三田なりの歌唱でカバーすれば、いい感じになるのもうなずける。
逆に橋の場合は、三浦洸一の朗々たる高音をいかした「青年の樹」あたりのカバーを聴いてみたい。

192 :昔の名無しで出ています:2008/05/02(金) 17:09:48 ID:klTIF1rx
三田明はデビュー当初は、舟木みたいに詰め襟でステージに立ったことはあるのだろうか。
舟木と違い、三田の場合は紛れもなくデビュー時は高校生だったわけだし。

193 :昔の名無しで出ています:2008/05/04(日) 19:00:05 ID:EsgeKtY9
三田は、高校卒業するまでは詰襟の学生服でステージに立っていた。

194 :昔の名無しで出ています:2008/05/07(水) 15:18:11 ID:nEcg7Q6F
現役高校生歌手三田明を考えた場合、ビクターよりコロムビアの方がツボにはまった
学園ソングを大量にリリースできたかもしれない(安達明の学園物が三田に合いそうな感じ)

学園物からリズム物に転換していく過程においても、ビクターでは橋幸夫の存在があったのに対し
コロムビアにはリズム歌謡の歌い手が見当たらなかったので(舟木のリズム物は少々無理がある)
三田明がコロムビアでリズム歌謡の一線歌手として、ビクターの橋と対抗させた方が面白かったかもよ。
ただ、そうなると吉田正のリズム歌謡ではなく船村徹あたりの曲を歌うハメになるだろうけど、
三田明が歌う「太陽にヤァ!」なんてのは、相当面白いんじゃないかな。

まあ、単なる妄想だけどね。


195 :昔の名無しで出ています:2008/05/07(水) 19:31:36 ID:50yjFHM4
橋幸夫が遠藤実門下の頃にコロムビアのオーディションを受けたが「歌がまだ未完成」との理由で落とされている。橋ですら「未完成」と言うコロムビアに、果たして三田明がコロムビアに入れる余地があっただろうか。
万一三田が作曲家陣の層が厚いコロムビアに入ったとしたら、主だった作曲家が吉田正しかいないビクターよりはバラエティーに富んだ楽曲に巡り合えただろう。

196 :昔の名無しで出ています:2008/05/09(金) 19:17:00 ID:HvlHJF5y
三田の場合、あと1年くらいレッスンを積んで基礎がしっかりした段階でデビューしても
よかったのではないかという気がする。
舟木の出現にあせったビクターが、歌の基礎もしっかりしていない段階の三田をあわてて
対抗馬としてデビューさせたのは三田にとって不幸だったのかもしれない。
昭和41年頃の曲から三田の歌唱力が安定してきて、レコードを聴いてもデビュー当時との
違いがよくわかるのでなおさらそう思う。
ビクターでは当時、歌手の力量よりまずレコードを売ることのみを優先して、
三田のような「秋山庄太郎も絶賛する美少年」や吉永小百合のような「人気映画女優」など
歌より別のアピールポイントで無理にプッシュしたのだろうか?
(三田も吉永も、デビュー当時のレコードを聴くと歌唱力が不安定この上ない)
そうだとすれば、三田あたりが「歌よりルックス重視」のアイドルの起源になりそうだけど・・・・・・



197 :昔の名無しで出ています:2008/05/11(日) 15:23:34 ID:dniwq724
三田さんが昔、懐メロや演歌、女性のヒットソングのカバーLPを
出していたのはご存知ですか?歌唱力に唸りました。
知らない人は絶対聴いてほしいです。
それと、最近では「しあわせの法則」、久しぶりに歌で泣きました。
ほんとに上手いですよ。

198 :昔の名無しで出ています:2008/05/11(日) 17:11:55 ID:dniwq724
古いレスですみません。
五月のバラ…競作でしたが、レコードが出ています。
私は三田さんのが一番好きだな。
「西銀座駅前」始め、フランクさんの歌はいろいろと
ステージで歌ってますね。
昔、ものまねでもやってたことがあるけど
よく合ってると思います。
歌唱力がなければ歌えない歌ですから、やっぱり努力で築き上げたものは
本物ですね。身近に西郷さんのファンがいるんですが、
彼女が、自分の好きな西郷さんでもやっぱり歌唱力で三田さんに負けてる
と言っていました。
風貌が変わろうとやっぱり三田さんが好きでついてくるファンが多いのは
いいのは、人柄です。
全盛期からですがファン一人ひとりを大事にする姿勢、変わっていません。
そのあたたかさが、歌に出てるのかなと最近では思っています。

199 :昔の名無しで出ています:2008/05/11(日) 18:26:25 ID:gUBy8RrK
デビュー当時は歌が下手だと言われていたが、今はのどをダメにした西郷輝彦よりも圧倒的にうまい。
またデビュー当時とキーが変わらず、現在「高校三年生」のキーを下げて歌っている舟木一夫よりも喉は維持している。

200 :昔の名無しで出ています:2008/05/12(月) 11:35:09 ID:BtVPqXiV
橋幸夫がフランク永井の曲を歌ってるのは見たことがないが、
三田明は、フランク永井の曲を好んで歌っているようだね。

ビクターの吉田門下歌手を系統的に分けると、
三浦洸一  →橋幸夫
フランク永井→三田明
・・・のような感じになるだろうか?

201 :昔の名無しで出ています:2008/05/12(月) 19:55:21 ID:UXHNx8zY
橋幸夫が三浦洸一の系統と言えるかどうか微妙だが、曲目だけを見ればそう言えなくもない(「弁天小僧」と「お嬢吉三」、「初恋〜たけくらべより〜」と「舞妓はん」)。
三田明とフランク永井の類似点は、2人ともド演歌調の曲が少ないことぐらいか。

202 :昔の名無しで出ています:2008/05/13(火) 09:28:29 ID:jsQvl9/L
三浦洸一の「落ち葉しぐれ」や橋幸夫の「潮来笠」は、吉田正の手によるド演歌ヒット曲と言えるが、
フランク永井、三田明にこの手の曲が見当たらない。
三浦洸一も橋幸夫も、30年代にブームだった股旅モノや時代物を相当数歌っているが、
同じ吉田門下にありながらフランク永井にも三田明にもその手の曲がほとんど無いというのは、
三浦・橋と、フランク・三田の個性の違いとは言えまいか。
フランクの「おまえに」あたりは演歌のカテゴリーに入るだろうが、フランクの声で
歌われると演歌に聞こえないし、それは三田明の「数寄屋橋ブルース」にも言えるが、
橋幸夫はリズム物ですら演歌に聞こえてしまう。




203 :昔の名無しで出ています:2008/05/15(木) 17:10:57 ID:lwrjpdxQ
>>198
三田明の「五月のバラ」シングルレコード持ってるよ。赤い色のジャケットだよね。
曲はいいだけに、ヒットしてもよかったと思うけど、ビクターではあまり力を入れて
プッシュしなかったのかな?
当時ラジオではこの曲聴いたけど、テレビで歌ってるのは見たことがなかったからね。

204 :昔の名無しで出ています:2008/05/15(木) 20:17:17 ID:mNDhBc1F
>>203
「五月のバラ」をリリースした当時の三田は歌手としては落ち目の状態だったので、いくらビクターがプッシュしたとしてもヒットは厳しいだろう。それに「五月のバラ」は競作だから、三田にとっては凶作となってしまった。

205 :昔の名無しで出ています:2008/05/16(金) 03:08:33 ID:pzAfA19K
>>203
>>204

確かにビクターがプッシュしてくれなかったんでしょうが
結構当時のテレビで歌っていましたよ。
ファン以外でも、三田明の「五月のバラ」がいいと評判がよかったのを
覚えていますから…
勿論、今でもファンの集いではこの曲をリクエストしてくる人は多いですしね。


206 :昔の名無しで出ています:2008/05/16(金) 04:45:50 ID:rd49YRHc
>>202
「落葉しぐれ」をド演歌というなら、フランクの「大阪ぐらし」も堂々のド演歌だと思う。
フランクは都会派歌謡の旗手というべき存在だったから、股旅物とは無縁なのも当然。

またカテゴリーの区分に関しては、ムード歌謡、というのを使うと便利だと思う。

207 :昔の名無しで出ています:2008/05/16(金) 16:09:01 ID:6AvdTFzH
吉田門下で「ムード歌謡」というカテゴリーで分けると、当然フランク永井、松尾和子、マヒナに集約されるよね。
三浦洸一「東京の人」三田明「数寄屋橋ブルース」橋幸夫「京都神戸銀座」は、
曲はムード歌謡だけど、歌手はムード歌謡歌手では無いからね。

ところで、三田明の「ナイトイン六本木」は、「数寄屋橋ブルース」に続く都会派ムード歌謡の第二弾かと思いきや、
曲を聴くとムード歌謡とエレキ歌謡とリズム歌謡と一人GS歌謡を足して4で割ったような、
どのジャンルにもドップリ入らない、それぞれの中間に位置するような曲だよね。


208 :昔の名無しで出ています:2008/05/16(金) 22:30:32 ID:f4MMu2rj
「ナイトイン六本木」は曲だけをみれば「アイビー東京」や「夕子の涙」の流れをくむ曲だろう。
作詞は「ブルーライトヨコハマ」の橋本淳。「ナイトイン六本木」も「ブルーライトヨコハマ」も、タイトル構成が何か似ている。

209 :昔の名無しで出ています:2008/05/19(月) 07:38:33 ID:???
恋人沢田研二

210 :昔の名無しで出ています:2008/05/19(月) 16:58:53 ID:BwcOXy3T
「ナイトイン六本木」の出だしの、
   ♪あなたを一日待ちました〜夜がゆれてる六本木〜〜
    ヘッドライトに照らされた〜あなたの長い黒髪を〜〜
・・・というフレーズから受ける印象は、どうもムード歌謡の世界だよね。

橋本淳は、GSに曲を量産している一方で、橋幸夫の「京都神戸銀座」とか、
ロスプリモスの「ヘッドライト」とかムード歌謡や演歌っぽい作品もだいぶ書いているね。

211 :昔の名無しで出ています:2008/05/20(火) 15:08:53 ID:uhM6Xz4o
「ナイトイン六本木」のサビの、
♪ルルルルル〜ルルルル〜ル〜〜〜という意味不明のハミングは、リズム歌謡お得意のパターンで、
最後に、♪ろぉっぽぉんぎ〜〜〜と熱唱して閉めるところは演歌的だし、
一曲で色々な味を楽しめる非常に楽しい曲だよね。

212 :昔の名無しで出ています:2008/05/20(火) 22:39:23 ID:tsz2lNje
↑作曲家(吉田正)の癖なんだろうが、いくらひとりGSっぽく作っても、どうしても要所要所に演歌っぽい箇所が出てしまう。いい曲には変わりはないんだけど。

213 :昔の名無しで出ています:2008/05/21(水) 15:40:34 ID:HcTHcQbl
「サロマ湖の空」の出だしなんかも、演歌色が強いよね。
この曲を同じビクターの森進一が歌ったらドツボにはまった演歌になるだろうけど、
三田明は演歌的唱法じゃないから、青春歌謡の範疇にいれても違和感は感じない。
ところで吉田正は、森進一には一曲も書いていないのだろうか?

214 :昔の名無しで出ています:2008/05/21(水) 18:48:30 ID:Im08gJze
吉田正は、森進一には1曲も書いていない。事務所やプロデューサーの関係があったのだろう。だが、吉田作品のカバーアルバムはある。繊細な吉田メロディーを見事なまでに壊しまくった絶唱である。
ちなみに森と三田は同い年。森のものまねの常套句「こんばんは、森進一です」を初めて使ったのは三田だという。

215 :昔の名無しで出ています:2008/05/22(木) 16:28:54 ID:XHr9CgxN
三田明の「ごめんねチコちゃん」と森進一の「女のためいき」を聴き比べると
とても同年齢の歌手とは思えない(この2曲は時間的にたった2年の隔たりしかない)
三田明の「ごめんねチコちゃん」はあまりに幼稚すぎるし、
(同年齢で橋は「潮来笠」西郷は「十七才のこの胸に」を歌ってるのと比較すると歴然)
森進一の「女のためいき」は、逆に19才の青年歌手が歌う内容の歌ではないような気がする。


216 :昔の名無しで出ています:2008/05/22(木) 21:07:31 ID:FLep4xCh
そもそも三田明と森進一は生い立ちが違うし、それにより歌手としての個性も分かれたのだろう。
三田は高校在学中に「美しい十代」でデビューし、一般世間を知らないままスターになった。
対して森はデビュー前にさまざまな仕事を経験し、10代にして酸いも甘いもかぎわけ、この世の裏の裏を嫌と言うほど見て来た。そんな森だからこそ、あの若さで「女のためいき」をふり絞って歌いこなすことができた。

217 :昔の名無しで出ています:2008/05/22(木) 21:18:57 ID:8Xp3Z2bK
「三田明大全集」たる豪華版仕様(コロムビアファミリークラブのようなもの)はまだかな?

218 :昔の名無しで出ています:2008/05/23(金) 18:00:28 ID:kaAgdae0
三田明が歌う、女心を切々と綴った盛り場ネオン演歌なんか聴いてみたい気がするな。
青春歌謡衰退の後は、三田明の場合バタ臭い演歌路線に多少踏み込んでもよかったような気がする。
もちろん戦略的にレコードの売れ線を考慮しての話だけど、
中途半端な青春歌謡崩れのポップス歌謡を凡々と歌い続けるよりインパクトがあったと思うよ。
ビクターには演歌の売れっ子作家猪俣公章もいたことだし。

219 :昔の名無しで出ています:2008/05/23(金) 21:38:37 ID:edVVb6R+
吉田正は、三田明の美少年のイメージを大事にしたくて、汚れた盛り場演歌を歌わせなかったのだろうか。
確かに「美しい十代」のインパクトがあまりにも強烈で、彼が盛り場演歌の「命かれても」などを歌っても、ある程度歌いこなすことはできてもイメージ的にピンと来ない。
ちなみに昭和46年頃、三田はコテコテ演歌のカバーアルバム「望郷」を発売している。収録曲はタイトルにもなった「望郷」(森進一)、「別れたあとで」(ちあきなおみ)、「星影のワルツ」(千昌夫)など。一度聴いてみたいものだ。

220 :昔の名無しで出ています:2008/05/24(土) 15:20:42 ID:+/d7kPre
三田明の場合は、演歌のバタ臭い演出には欠かせない「コブシ」が回せるかどうか怪しいから、
森進一あたりの盛り場演歌を歌っても、さらりと爽やかで清潔感溢れる溌剌歌謡に仕上がる
危険性が大きいと思う(もちろんそこが聴きどころなんだけどね)
だけど「星影のワルツ」は意外に三田明に合うかもしれない。
もっとも千昌夫や遠藤実ときくとド演歌のイメージがあるから「星影のワルツ」もド演歌かと
思ってしまうけど、この曲をよく聴くと演歌的要素を含んだ青春歌謡の延長線上にある曲だよね。

221 :昔の名無しで出ています:2008/05/24(土) 21:52:55 ID:Nc5QcOUc
遠藤実は青春歌謡も書くぐらいだから、曲調は割とソフトで、難解な曲はあまり書いていない。三田にとって遠藤作品はすんなり歌いこなすことはできよう。
「星影のワルツ」はご指摘の通り、ド演歌ではない。歌詞を替えれば青春歌謡にだって化けることは充分可能。

222 :昔の名無しで出ています:2008/05/26(月) 15:41:08 ID:oJxvqdl6
当時はレコード会社間の専属の問題などの縛りがあって、
ミノルフォンの遠藤実がビクターの三田明や橋幸夫に曲を書くのは不可能だったんだろうね。
ただ、昭和45年にコロムビアの舟木一夫が、クラウンで西郷に曲を書いていた北原じゅんの
「紫のひと」を出しているし、昭和51年には橋幸夫が遠藤実の「浅草人情」を出したりと、
時代とともに専属の縛りも緩くなったんだろうか?
三田も昭和45年以降は、曽根幸明やら中村泰士やら今までにない作家の曲を出してるけど、
特に目新しい感じの曲が見当たらないのは残念である(当然ヒットの可能性も限りなく薄い)



223 :昔の名無しで出ています:2008/05/26(月) 19:22:43 ID:pDhdtIGd
昭和40年代までは、作詞・作曲家陣は映画の五社協定のような強固なレコード会社の専属制度で縛られていた。
昭和40年代後半あたりから、他のレコード会社への移籍あるいはフリーの作詞・作曲家が激増、以降従来とは違った組み合わせの曲が発売されるようになる。
三田もその頃に多数の非吉田メロディーをリリースするが、すでに三田の人気は低迷しており、ヒットに結びつかなかった。

224 :昔の名無しで出ています:2008/05/27(火) 15:39:02 ID:KYzilWoR
少々うがった見方になるかもしれないけど、
三浦洸一、フランク永井は吉田門下にありながら、デビュー当初から吉田正以外の作家の曲を歌って
十分結果を残しているんだけど、
(三浦洸一の最大ヒットは渡久地政信の「踊子」、フランク永井の「夜霧に消えたチャコ」も同じく渡久地政信でレコ大歌唱賞)
橋幸夫と三田明は、デビュー後かなりの期間吉田作品だけしか歌っていないというのは、
吉田正自身が、この二人が別の作家の作品を歌うのを嫌った結果なのかな・・・・・・

225 :昔の名無しで出ています:2008/05/27(火) 21:10:57 ID:tuLNbcLZ
それでも橋幸夫はデビュー4、5年目ぐらいで非吉田メロディーを売り出し(「雨の中の二人」「八州喧嘩笠」「すっ飛び野郎」など)、昭和41年には利根一郎作曲の「霧氷」でレコード大賞を受賞した。橋もフランク永井らと同様、非吉田メロディーでも実績は残した。
一方の三田は、全盛期の昭和44年まで100%吉田メロディー。吉田は当時の三田の歌唱力のことを考え、吉田自身ですべての三田の曲を引き受けていたのだろうと思う。

226 :昔の名無しで出ています:2008/05/28(水) 18:54:42 ID:6fxFfcxC
橋幸夫がデビューして2〜3年間に出した股旅ものは今聴くと、やはり同一作家のせいか
ワンパターンに聞こえなくもない。
しかし、一人の歌手の可能性を引き出すためにあらゆるジャンルの曲を提供しようと思えば、
一人の作家のみに頼るのはかなり荷が重い仕事だろうと想像するが、吉田正の場合は
幅広いジャンルの曲を書いていて、職業作家としての力量には実に感服せざるを得ない。

そう言えば、たしか昭和44年当時の近代映画だかの雑誌の記事に、
「今年(昭和44年)は、三田君のあらゆる可能性を引き出すために、吉田先生がいろいろ構想を練って
今まで歌わなかったような曲にもチャレンジしていこうと意欲満々・・・・」
とか書いてあるのを見たことがあったが、三田の場合は作詞家はとくに固定せずに良い作品に
吉田正が曲を付けて三田が歌う、というパターンが確立されていたんだろうね。

227 :昔の名無しで出ています:2008/05/28(水) 23:03:36 ID:KIIs9Kp2
吉田作品のジャンルは確かに広いが、そのジャンル内だけの曲同士を比較すると曲調は似たようなものばかり。
佐々木俊一の死後、ビクターの一本柱として十数年にわたりあらゆる曲を書いたが(佐々木の生前、吉田と佐々木がビクターの2トップというわけでもなかったが)、同一人物ではさすがに限界がある。
三田の曲の作詞陣は橋やフランクらに比べると多岐にわたる(吉田作品に限り)。「美しい十代」の宮川哲夫、「恋のアメリアッチ」の山上路夫、「アイビー東京」の白鳥朝詠、「高校騎兵隊」の川内康範、「明日は咲こう花咲こう」の西沢爽、「薔薇の涙」の水島哲など。
吉田メロディーの常連、佐伯孝夫作品も「数寄屋橋ブルース」などがある。

228 :昔の名無しで出ています:2008/05/29(木) 14:30:44 ID:A6/sMUMO
昭和45年あたりになると、御三家にヒットはなかなか出なくなったけど、
三田明も歩調を合わせてヒットが出なくなったのは、
もう世間的には、四天王は旧勢力的見方が出てきた結果なんだろうか?
その頃でも4人それぞれいい曲は歌ってるんだけどね。
三田明の「あなたの涙」「涙と微笑み」あたりは割にいい曲だと思うし、
昭和41年頃発売したなら当然ヒットするに値する曲だと思うんだけどねえ。
曲の質より、歌手の人気がレコード売上げに対する影響が大きいということになるのかな?

229 :昔の名無しで出ています:2008/05/29(木) 16:19:30 ID:Y7gDryn5
昨日のステージで「美しい十代」「サロマ湖の空」を歌ってましたが、「サロマ湖の空」は詞はともかく、曲調は演歌のように感じました。

230 :昔の名無しで出ています:2008/05/29(木) 19:49:18 ID:wbE3DsTJ
人気があればどんな駄曲でもヒットするが、人気が降下するといくら名曲を歌っても売れない。それが世の常。「あなたの涙」も、当時脂が乗っていた歌手に歌わせたらヒットは間違いなかったはず。
昭和45年は、四天王が共演した映画「青春の條件」が封切られたが、同年三田明は紅白落選の憂き目を見る。三田も橋も舟木もこれと言ったヒットが出なかった年だったが、西郷は「真夏のあらし」が久々のスマッシュヒットを出している。

231 :昔の名無しで出ています:2008/05/30(金) 20:05:39 ID:2JNWhiIi
さすがに昭和45年あたりになると、ヒットメーカー吉田正でもおいそれとヒットを出すことが
難しくなってきたんだろうね。この頃になると吉田門下の歌手は総じて沈滞化してるよね。
フランク永井、三浦洸一、松尾和子、マヒナ、橋幸夫、三田明、久保浩・・・・
ただ、これより後に鶴田浩二が「傷だらけの人生」で大ヒットを出すんだけど、
もう70年代に入ると、吉田正の時代は終わったんだな ・・・とは感じる。
三田明はデビュー以来、吉田作品ばかりで吉田カラーが染みついただろうから
その吉田正の勢いが止まるともうどうにもならなかったんだろうね。

232 :昔の名無しで出ています:2008/05/30(金) 20:56:41 ID:5gjkay+A
「傷だらけの人生」の翌年に出た橋幸夫の「子連れ狼」が、吉田メロディーにとって最後の大衆ヒットとなった。
昭和50年以降、吉田門下生もヒット曲を出すことはなかった。その時期から三田は歌から離れ、テレビドラマ「長七郎江戸日記」など役者としての活動を始める。
吉田メロディーは、高度経済成長の時代に国民を支え続けてきた応援歌と言えよう。

233 :昔の名無しで出ています:2008/05/31(土) 19:08:14 ID:atX79ZAo
GSブームの頃、西郷輝彦はJ・トップス(のちのヴァンドックス)というバンドをバックに
「月のしずく」を出してそこそこのヒット、橋幸夫もフレッシュメンをバックに「名なし草」を出している。
三田も時流に乗って、GSバンドをバックに完璧なGS曲を1曲くらい歌っても良かったんだが・・・
三田明とスウィングウエスト「雨のバラード」とかね。


234 :昔の名無しで出ています:2008/05/31(土) 21:34:37 ID:yHFhxx3z
三田側のスタッフに、三田に本格GS曲を、という気運がなかったのかもしれない。
三田と本格GS曲とはイメージ的に結びつかない気もするが、少なくても橋幸夫よりしっくり来たかと思う。

235 :昔の名無しで出ています:2008/06/02(月) 18:03:07 ID:byLM1UGm
GSのワンダースでリードボーカルだった尾崎紀世彦が昭和46年に「また逢う日まで」で
レコ大受賞したけど、三田明にも同じタイトルの「また逢う日まで」があるよね。
こちらはフォーク調のスローバラードで、吉田正にしては珍しいタイプの曲だと思う。
前年に吉永小百合で「勇気あるもの」がヒットしてるけど、この時期GSとならんで
フォークがブームだったこともあって、その線を狙った作品なんだろうと思って聴いている。
ちょうど同じ時期の西郷輝彦「恋人をさがそう」もそうだけど、
出だしのギターで始まる前奏がなかなか哀愁味があって、隠れた名曲だと思う。

236 :昔の名無しで出ています:2008/06/02(月) 20:29:59 ID:2S+vsgsQ
吉永小百合「勇気あるもの」は、カレッジソングの雰囲気もあり、清純な吉永には打って付けの曲であった。
さて、この頃の吉田作品は非常に多種多様で、吉田自身限界いっぱいで曲作りに励んでいたように思う。

237 :昔の名無しで出ています:2008/06/03(火) 17:45:29 ID:OlvqNbyv
もし、「勇気あるもの」が吉永小百合&トニーズではなく、
「明日は咲こう花咲こう」と同じく吉永小百合&三田明だったら、ヒットしただろうか?

238 :昔の名無しで出ています:2008/06/04(水) 09:19:32 ID:8vDNVBOZ
↑ヒットしたでしょうね。吉永小百合&トニーズでもそこそこだったし。
それにしてもこの「勇気あるもの」、確かに名曲だが、サビの部分が三田の「夕子の涙」に似てる。

239 :昔の名無しで出ています:2008/06/04(水) 16:45:29 ID:TxfnC0ob
「夕子の涙」の歌詞にはしっかり「銀座は西の裏通り」という地名が入ってるね。
数寄屋橋といい、六本木といい、ルート246といい、三田明にも東京を舞台にした曲が多いよね。
これらの曲は、フランク永井の都会派ムード歌謡にならって「都会派青春歌謡」とでも呼ぶべきかな?

240 :昔の名無しで出ています:2008/06/04(水) 20:02:29 ID:8vDNVBOZ
三田が東京出身ということもあるし、声が割とソフトで甘いので、都会的な曲が多いのだろう。
「別れの一本杉」や「早く帰ってコ」「お月さん今晩わ」などのふるさと歌謡は、三田には合わない。

241 :昔の名無しで出ています:2008/06/05(木) 18:07:19 ID:K7O4ToHO
その三田明にも、少ないながら田舎を舞台にした曲があるよ。
北の最果て「サロマ湖の空」とかね。それから南の果て「さよならした長崎」とかね。
ところで、だいぶ後年の曲で「ほおずきうそつき」は語呂合せみたいなタイトルだけど、
これは浅草のほおずき市を舞台にした曲なんだろうね。

242 :昔の名無しで出ています:2008/06/05(木) 23:05:14 ID:ULCkhPfZ
それでも三田の「地方ソング」はこじゃれた雰囲気の曲ばかり。春日八郎や三橋美智也、青木光一らの「ふるさと歌謡」路線とは一線を画す(年代も違うし、ビクターにはそもそもそのような路線はない)。

243 :昔の名無しで出ています:2008/06/06(金) 09:04:51 ID:ebeF5HvQ
ビクターでは三浦洸一が、春日八郎や青木光一路線的な曲を結構出してるね。
「北海だより」「ふるさとの岬」「郵便船が来たとョー」とか(まあ三浦洸一の個性には合わないけど)
ところで三田明は、ふるさと歌謡が少ないのと同じく時代歌謡も極端に少ない。
「牛若丸」「燃ゆる白虎隊」「安寿と厨子王」「森蘭丸」くらいかな。
橋幸夫が股旅をはじめとする時代物が大量にあるだけに、三田が時代物に合わないという
印象は強烈ではあるけど、もっと歌ってもよかったのではないかという気もする。

244 :昔の名無しで出ています:2008/06/07(土) 20:21:11 ID:m5GMFO+Q
吉田正やビクターとしては、股旅物は橋幸夫に特化したかったのだろう。それに三田はこぶしがあまり回せないので、こぶしが命とも言える股旅物には向かないと思われる。
三浦洸一の「ふるさと路線」はまさにビクター色。どこか垢抜けしていて田舎臭さを感じない。春日や三橋が東北・北海道出身に比べ、三浦が神奈川出身ということもあるのだろう。

245 :昔の名無しで出ています:2008/06/09(月) 17:56:43 ID:Y/ZQlzOp
フランク永井は宮城県出身だけど、その歌唱法は都会的センス十分だよ。
やはりジャズやってたのが、歌謡曲にも生きてるね。
吉田門下出身歌手の出自は、
フランク永井→ジャズ、三浦洸一→クラシック、マヒナ→ハワイアンとバリエーションが豊富。

三田明は声質とか考えると、この3路線ではやはりフランク永井のジャズ路線が一番近いのかな?


246 :昔の名無しで出ています:2008/06/09(月) 21:44:35 ID:y5ysXQyF
「夕子の涙」以降の三田の声質は、確かにフランク永井系統であると思う。三田はもともと洋楽を好み、学生時代は仲間とバンドを組んでいたりしたので、ジャズのフィーリングはある程度は身に着いているはず。
だだ、フランク永井は吉田門下だからこそ売れたのだろうが、もし中村八大についたらどうだったろう。音楽的見地から言えば、フランクは吉田より八大向きの歌手だと思う。

247 :昔の名無しで出ています:2008/06/10(火) 14:41:17 ID:Pap3FNSx
吉田正は、フランク永井が大好きだったと思うよ。
「有楽町で逢いましょう」のヒットで自分が作曲家として一人前になったと自覚したと言ってたくらいだからね。
フランクの個性と吉田正の曲は、特に不釣り合いとは思わないけど、
三浦洸一は吉田の曲調に合う歌手ではないのはよくわかる。
三浦洸一がコロムビアに入って、伊藤久男路線の曲を歌ったら面白かっただろうとは思う。

そして、橋幸夫と三田明を対比した場合、
吉田正の好みからいえば、声質の甘い三田の方が意外に好んでいたのかもしれない(勝手な想像だが)
(デビューを急がず、安定した歌唱力を身につけてデビューしていたら、
 三田はきっと吉田門下で第二のフランク永井的歌手になっていたかもしれないよ)

248 :昔の名無しで出ています:2008/06/10(火) 19:12:55 ID:WTCUxKeO
三浦洸一は紛れもなくコロムビアカラーの歌手である。伊藤久男のような豪快さはないが、藤山一郎や霧島昇、岡本敦郎あたりの路線は充分に継承できると思う。
ちなみに三浦はもともと霧島のファンで、学生時代には「旅の夜風」や「旅役者の唄」などをのど自慢などで歌っている。

249 :昔の名無しで出ています:2008/06/10(火) 19:14:22 ID:WTCUxKeO
それから今日は、NHK歌謡コンサートに出演、「美しい十代」を披露する。

250 :昔の名無しで出ています:2008/06/11(水) 17:52:24 ID:s2FVMrwp
しかし、三田明がテレビ出演時には「美しい十代」以外の選曲はないのだろうか?
個人的には、吉田正作詞作曲の「恋人ジュリー」をお願いしたかったが誠に残念である。
もっとも、万人向けの知名度で選曲すれば「美しい十代」に落ち着いてしまうのはしょうがないんだろうけど、
いつもいつも「美しい十代」だけだと、三田は一発屋というようなイメージがついてしまう。
その点橋幸夫は、今回「潮来笠」ではなく「メキシカンロック」を歌ったのはまだマシだったと思う。
それから三浦洸一も、お決まりの「落ち葉しぐれ」より「東京の人」をお願いしたかった。


251 :昔の名無しで出ています:2008/06/11(水) 21:32:14 ID:abzHLGP5
テレビ出演時は必ずと言っていいほど「美しい十代」しか歌っていない。極稀に「明日は咲こう花咲こう」を歌うぐらい。
ラジオだと「夕子の涙」を歌う時もあるが、その他のヒット曲(ごめんねチコちゃん、若い翼、アイビー東京、恋人ジュリー、薔薇の涙…など)はまず歌われない。
それらのヒット曲は、当時ヒットしたにもかかわらず認知度が低く、歌番組で披露しても分からない人が多いから歌われないのだろう。三田のヒット曲で認知度が高いのは「美しい十代」ぐらいしかない。三田のファンならば、前述のヒット曲は網羅しているだろう。

252 :昔の名無しで出ています:2008/06/12(木) 13:38:31 ID:UuSGxgUU
一度はテレビで、
♪よ〜んでるぜ呼んでるぜ〜ななつの海が〜〜・・・・ヨーソロヨーソロヨーーソロ〜〜
と景気のいい歌声を聴いてみたいものだ。
でも考えてみると、橋幸夫の「メキシカンロック」も長い間封印してて歌ったこと無かった
みたいだけど、漫才ブーム時にザ・ぼんちのおさむがメキシカンロックの歌真似してから、
本人もテレビで歌うようになったんだよね。
やはり、テレビ番組では常に数曲はレパートリーを持っていないと、ホントにつまらないよ。

●橋幸夫→潮来笠、江梨子、いつでも夢を、恋をするなら、雨の中の二人、霧氷、メキシカン
●三浦洸一→落ち葉しぐれ、弁天小僧、東京の人、踊子、釧路の駅でさようなら、異国の丘
●三田明→美しい十代 のみ
・・・・先輩たちと比較すると、あまりに寂しいのがよくわかるよ。

253 :昔の名無しで出ています:2008/06/12(木) 14:17:15 ID:aWN9aGtk
視聴者も満足するし、歌手をはじめとする製作側もレパートリー
を限定したほうが楽だから、仕方ないんだろうね。

254 :昔の名無しで出ています:2008/06/12(木) 21:47:17 ID:X75ro0VP
親父のカセット整理していたら、ひるの歌謡曲エアチェクした
三田 明 ありました。

さよならの向こうで・五月のバラ・春の風・星影の二人、悲しみに乾杯
サロマ湖の空・みんな名もなく貧しいけれど・ナイトイン六本木
恋人の泉・高校騎兵隊・恋人ジュリー

30年位前ですか?


255 :昔の名無しで出ています:2008/06/13(金) 09:26:43 ID:+VMdxsWg
>>254
そ、それは、懐かしい。私もラジカセで録音して現在も保存してある。
たしか、昭和52年NHK・FM昼の歌謡曲(この番組はたしか12:00〜12:45の放送でいつもかかる曲は11曲位だった)
当時発売中だったのが、2番目の「五月のバラ」で、前年に発売されたのが「さよならの向こうで」
そしてそのB面が「星影の二人」(この11曲の中で一番いい曲だなと、当時思った)

NHK昼の歌謡曲で、その後も三田明特集が組まれるたび録音したけど、
「ほおづきうそつき」「並木の雨」「来た道寄り道帰り道」「赤毛のおんな」あたりから
「太陽のカーニバル」「数寄屋橋ブルース」などなかなかの選曲で、気に入っていた。
(この番組を聴いて、初めて知った曲も結構あった)
ただ記憶では、この番組で「薔薇の涙」は流れたことは一度も無かったと思う・・・

256 :昔の名無しで出ています:2008/06/13(金) 22:03:40 ID:ErMf1rn1
「薔薇の涙」は三田のオリコンチャート内での最大のヒット曲なのに(オリコン発足前のヒット曲の売り上げデータは不明)、今まで発売された三田のCDアルバムには収録されていない。
だが、まったくCD化されてないわけではなく、「吉田正自撰77曲」に収録されている。

257 :昔の名無しで出ています:2008/06/16(月) 22:08:38 ID:AIAF/4DO
昭和43年のオリコンの記録を見ると、
三田の「薔薇の涙」は、西郷の「月のしずく」よりは若干落ちるが、
舟木の「残雪」を上回っていて、「四天王」という言葉にふさわしいとは思うが、
数字を見る限りでは、やはりブームだったGSにだいぶ喰われているのがよくわかる。
だけど、「一人GS歌謡」という観点で見ると、橋の「思い出のカテリーナ」「雨のロマン」より
三田の「薔薇の涙」「真珠の恋人」あたりの方が、よりGS色が濃いように感じるのは、
この両者の歌唱法の違いのせいだろうか?

258 :昔の名無しで出ています:2008/06/17(火) 18:40:18 ID:iZ+nDwrU
そもそも橋幸夫にGS路線を歌わせたことが間違い。橋が歌うと音頭っぽくて、当時はヒットしただろうが、今聴くと失笑してしまう。橋と比べたら、三田の方がGS向きかと。
さて、三田の「薔薇の涙」は、昭和43年紅白で歌われたが、三田は白組トップバッターでの出場だった。白組司会の坂本九は「先取点の欲しい白組、その重責を担うのは薔薇の涙、三田明くん」と紹介している。GSブームの当時でも、三田の人気はまだそれなりにあった。

259 :昔の名無しで出ています:2008/06/17(火) 18:52:19 ID:???
w

260 :昔の名無しで出ています:2008/06/18(水) 15:06:40 ID:8E1Cg5ac
橋幸夫が、フレッシュメンというバンドをバックにつけて「名無し草」という
何の変哲もない歌謡曲を出してるけど、三田の「薔薇の涙」あたりもどこかのバンドを
バックにつけて、モロGSとして出してたらもっとヒットしたかもよ。
同じビクターのバンドといえば、モップスやオックスやダイナマイツなどアクの強いバンド
だらけだけど、サニーファイブあたりだとかなり地味でイケたかもしれない。

ちなみに「薔薇の涙」の最後の部分、♪いとぉしのぉ〜〜ロォ〜ザァ〜〜〜〜
は、演歌歌手に歌わせたら、絶対コブシがゴロゴロ回ると思う。

261 :昔の名無しで出ています:2008/06/18(水) 23:27:14 ID:tKWc4bzf
「薔薇の涙」を、橋幸夫が歌っていたら間違いなく、♪いと〜しの〜ロ〜〜〜↑↓〜ザ とバリバリこぶしが入ったであろう。
本格的GSに味付けするならば、「薔薇の涙」より「夕子の涙」「アイビー東京」の方がしっくり来るのではないか(「薔薇の涙」はGSの「バラ色の雲」に似てる要素はあるが)

262 :昔の名無しで出ています:2008/06/19(木) 14:48:33 ID:vENva5z3
「夕子の涙」はワイルドワンズのチャッピーあたりが歌ったらツボにはまりそうだなw

だけど、「夕子の涙」をよく聞き込むと、メロディーは青春歌謡風にアレンジされてはいるけど、
 ♪小雨にけむる〜宵で〜し〜た〜 銀座は西の〜裏〜通り〜〜
ていう歌詞は、まるでフランク永井の西銀座駅前顔負けの都会派ムード歌謡の世界が
広がっていて妙な感じがする(しかも吉田正による作詞なだけになおさら)
どうも三田の「青山通り」「夕子の涙」「ブルーシャンペン」「数寄屋橋ブルース」「ナイトイン六本木」
「タートルルック」「大阪ナイト」・・・・等の曲とフランク永井の一連の曲は、どこかで連接性があるように感じる。
(ちなみに吉田正作曲の橋幸夫作品には、フランク永井を想像させる作品は見当たらないが・・・)

263 :昔の名無しで出ています:2008/06/20(金) 06:56:10 ID:xk214MWO
橋幸夫作品は股旅かリズム歌謡って相場が決まっている。吉田正の作品分野を大別するとリズム歌謡、股旅歌謡、ムード歌謡、青春歌謡、日本調歌謡に分けられる。
三田には股旅歌謡や日本調歌謡はちょっと無理なので、残るのはムード歌謡かリズム歌謡しかないのだ(青春歌謡はすでに歌っている)。

264 :昔の名無しで出ています:2008/06/20(金) 15:10:39 ID:jN9KuH6u
三田明が、三度笠かぶって出てきて「○○笠」なんて曲歌ったら限りなく売れなかっただろうな。
でも「牛若丸」の裏面に「花笠娘」という曲がある。もっともこれは股旅ではないが・・・・

西郷や舟木も、青春歌謡のあとの大人の曲を模索する中でテーマがどんどん尽きていった感が
否めないけど、三田の場合は吉田正が大人のテーマとしてムード歌謡を考えた形跡は
「数寄屋橋ブルース」あたりにありそうな感じかな?
時代的には「都会派ムード歌謡」より「ブルース演歌」(森進一調)の方が主流だけど、
ブルース演歌は猪俣公章の十八番で、吉田正の趣味では無かったんだろうね。
インパクトでは圧倒的に、盛り場ブルース>数寄屋橋ブルースだもんね。


265 :昔の名無しで出ています:2008/06/20(金) 21:58:29 ID:xk214MWO
吉田作品はどこか上品で、森進一らの薄汚れた泥臭い演歌路線はあまり得意としなかったのでは。だから、吉田門下歌手もそういう類の曲のカラーではない。吉田メロディーの真骨頂的曲をあげれば「いつでも夢を」だろう。

266 :昔の名無しで出ています:2008/06/21(土) 09:11:28 ID:G/d9ABUX
ただ吉田正にも、久保浩「女の生きがい」という曲がある。
明らかに「女のためいき」を意識した曲だけど、やはりこういう路線は、猪俣ー森にはかなわない。
久保浩は、三田より演歌臭のある声質で結構演歌調も出しているが、やはり青春歌謡出身は拭えず、
森ほどのインパクトはまるでない。
三田の場合は、モロに吉田正の清潔感あふれる青春歌謡の世界にドップリ入っていたから、
泥臭い曲は苦手なんだろうけど、もしそれをこなし得ていたら、大人の歌手として大きく脱皮
していたかもしれない。

267 :昔の名無しで出ています:2008/06/22(日) 21:16:34 ID:LX0m4i7W
三田が吉田門下じゃなかったら、泥臭い演歌ももしかして歌っていたかもしれないし、その路線で成功していたかもしれない。はたまた、まったく売れなかったかもしれない。
青春歌謡歌手の人気は一過性で、そこから脱皮しようとしても継続しようとしても人気は続かない。だが一過性と言えども売れることは売れる。一時期売れた過去の実績で今でも歌手として何とか食べていければ、それはそれでよかろう。
三田の歌手としての可能性は、吉田門下に入ったことで頭打ちになったのは確かだろうが。

268 :昔の名無しで出ています:2008/06/23(月) 17:01:31 ID:9HVTMHO2
考えるに、三田の場合は吉田門下に入った事云々よりも、デビューがあまりに拙速すぎた感が拭えない。
初期の作品を聴くと、明らかに歌手三田明の個性を生かした曲作り&売り出し方をしたとは到底思えない。
舟木の勢いに焦ったビクターが、年齢的にも舟木より若く美少年でルックス的人気を得られそうだという
その一点の魅力だけで、三田を舟木の対抗馬として仕立て上げただけのような気がする。
(おそらく吉田正も、もう少しレッスンを積んでからデビューした方が良いと思ったかもしれない)
もっとも、デビューが昭和40年以降にまで遅れれば、GSに押され始めた青春歌謡歌手ではなく
もっと違った売り出し方の可能性も模索出来たかもしれない。
ただし、吉田門下でデビューしたおかげで「美しい十代」という吉田の名曲に巡り会えたのも
事実だから、結果としては良かったんだろうと考えるのが妥当なんだろうとは思う。

269 :昔の名無しで出ています:2008/06/23(月) 20:06:31 ID:sv4cR2/v
ビクターが三田のデビューに焦った感は確かに否めない。コロムビアの舟木一夫の対抗馬を、どうしても年内にデビューさせたかったのだろう。
音感が先天的に優れた人ならば短期間のレッスンでも歌手として完璧な形になるが、三田の場合は残念ながらそこまでの音感はなかった。三田が吉田から「まぁいいだろう」と初めて褒められたのは、デビューから4年たった「夕子の涙」だったという(三田談)。
ちなみに三田は「青春歌謡」のレッテルを貼られているが、彼の音楽的センスを考えると幾分もったいない気がする。彼はジャズや洋楽にも造詣が深く、洋楽カバーアルバムもリリースしているわけだし。
三田は青春歌謡で名を挙げた訳で、それはそれでやむを得ないことか。

270 :昔の名無しで出ています:2008/06/24(火) 17:18:43 ID:DgcaEbUy
>>269 >彼はジャズや洋楽にも造詣が深く、洋楽カバーアルバムも・・・・・

そこで、三田明=フランク永井のムード歌謡路線というのが見えてくる。
三田の場合、もっと早い時期(全盛期)から「赤毛のおんな」のような
ジャズ色の強い曲に挑戦してても良かったのかもしれない。
(大人の女を歌ったジャズのフィーリング満点の曲を三田が全盛期に歌ったら、
森の盛り場女の人生ブルースと好対照で、インパクト絶大だっただろうと
勝手に想像しているが・・・・・)




271 :昔の名無しで出ています:2008/06/24(火) 22:21:32 ID:TIwfkLe/
三田の音楽的ルーツはフランク永井と近いものがある。だが「美しい十代」のインパクトがあまりにも強烈で、しばらくはそのイメージにさいなまれていた感がある。
いっそデビュー曲が「美しい十代」じゃなくて都会派ムード歌謡だったら、三田は同じビクターにおける森進一の好対照になり得た可能性はないとは言えない。
今となっては青春歌謡のイメージを大切にし、出世作の「美しい十代」に感謝しながら歌い続けているわけだが。

272 :昔の名無しで出ています:2008/06/25(水) 15:34:10 ID:KhACGHGd
♪風は今夜も冷たいけれど〜星はやさしくささやきかける
♪昼は楽しく働く仲間〜みんな名もなく貧しいけれど〜〜

「美しい十代」だけがビッグヒットで一人歩きしてるけど、
セカンドシングルのこの「みんな名もなく貧しいけれど」も珠玉の名曲。
内容的には、山田太郎の「新聞少年」的な勤労青年をテーマにしているけど、
3枚目以降は「友よ歌おう」「すばらしき級友」・・・・などの学園物が続いていくだけに
三田の曲としては珍しいテーマの曲だと思う。
これらの曲も、積極的にテレビやステージ等で歌えばいいんだけどね。


273 :昔の名無しで出ています:2008/06/25(水) 22:39:47 ID:gkoUb3Vp
確かに三田は「美しい十代」の一発屋ではない。ヒット曲は数多ある。だがどういうわけか、懐メロ番組では「美しい十代」しか歌わせてもらえない。だから余計に「三田明=美しい十代 ONLY」のイメージがつきまとってしまう。
三田は日本一の美少年という触込みでデビュー、そして曲は「美しい十代」。何ともピッタリ過ぎるではないか。あまりにピッタリ過ぎて、その後他の曲を歌っても、三田の顔を見ただけで世間は「美しい十代」を連想してしまうようになったのではなかろうか。
他にヒット曲があるのに、もったいない。ちなみに一発屋じゃない証拠に、紅白には6回出ている。(ごめんねチコちゃん、若い翼、恋人ジュリー、夕子の涙、薔薇の涙、サロマ湖の空)

274 :昔の名無しで出ています:2008/06/26(木) 17:59:35 ID:QVXfQgfy
三田の発売曲を順に見ていくと、昭和44年と昭和45年の間にだいぶ
落差があるように感じるのは錯覚だろうか。
昭和44年は「タートルルック」から始まって「惜別のワルツ」「太陽のカーニバル」
「サロマ湖の空」「あなたの涙」ときて「涙と微笑み」あたりまでは流れに乗って
良い曲が続いていたと思うけど、45年に入るとその流れが止まってしまった印象を受ける。
当然ヒットも無くなり、結果的に紅白落選になるわけだけど、
「ふれあい」あたりを聴くと、明らかに「涙と微笑み」以前と趣が違うように感じる。
ちなみに、この頃から吉田正以外の作家の曲もボチボチ歌うようになったんだよね。

275 :昔の名無しで出ています:2008/06/26(木) 23:47:01 ID:xk88pD9I
昭和45年は三田にとって悪い意味でのターニングポイントの年だと言える。
この頃すでに青春歌謡が低迷、三田の人気も整形手術失敗などで急降下していた。
そんな三田に新境地をとの流れもあったのだろうがどうも波に乗り切れず、紅白も落選。以降、ヒット曲を出す事もなかった。
三田のカラーの紅白歌唱映像が見てみたかったものだ。

276 :昔の名無しで出ています:2008/06/27(金) 19:05:06 ID:W0PKsIhe
「ふれあい」(すぎやまこういち作曲)「振り返ってみたけれど」(藤本卓也作曲)
など、吉田正から離れて違う作家の曲にチャレンジしたのはいいけれど、
橋のようにまだ勢いがあった時代に吉田以外の作家の曲を歌えば、
すんなり新境地の開拓成功となっただろうに、三田の場合は人気下降時期であることと
それまでの曲があまりに吉田カラーが強すぎて、吉田以外の曲はかなりインパクトに劣る
というところが不幸ではあったと思う。
人気があった昭和43年頃から年に1曲くらいは、他作家の曲にチャレンジしててもよかったような気がする。
(特に、青春歌謡色がまったく無い作家の曲ならば、新たな新境地が見いだせた可能性無きにしもあらずと)


277 :昔の名無しで出ています:2008/06/27(金) 22:41:41 ID:GHdLp30i
確かに、脱吉田メロディーに切り替えるタイミングが遅かった。昭和41、2年頃だったらほぼ間違いなく成功していただろう。
デビューから7年間、持ち歌すべてが吉田作品というのも尋常じゃないかもしれない。実子がいなかった吉田は当時、三田を養子に迎えたかったという。それぐらい、吉田は三田をかわいがっていた。

278 :昔の名無しで出ています:2008/06/28(土) 18:27:29 ID:vlxy5j40
だけど考えてみると、昭和44年まで100%吉田作品であったのが、
昭和45年以降になるとピタッと無くなったのは不可解とも思える。
同じ頃、橋も吉田作品はだいぶ少ないとはいいながらもコンスタントにレコードは
出していたのにも関わらず、三田の場合は橋以上に吉田作品が見当たらなくなって
しまったのは何故だろうか?
吉田作品が急に無くなるのと、三田にヒットが無くなるのと、紅白落選と、整形問題等が
昭和45年1年間にすべて凝縮しているから、この年の三田の急速な失速ぶりが気にかかる。


279 :昔の名無しで出ています:2008/06/30(月) 18:38:01 ID:XbvDABWM
今のところ最後の紅白出場となっている昭和44年紅白の三田(サロマ湖の空)を見ると、かつての青春歌謡スターの精彩はなく、凋落ぶりが見て取れる。落ちぶれる前に何か手を打っておけなかったのだろうか。あるいは、手は打ってもすでに遅かったのか…。
昭和40年代後半にもヒット曲が出ていれば、現在の歌手としての待遇はだいぶ違っていただろう。

280 :昔の名無しで出ています:2008/07/01(火) 17:00:42 ID:niAc17qN
御三家の場合、とりあえずは70年代に入ってからもヒット曲はあるにはあるが、
(橋→子連れ狼、舟木→初恋、西郷→真夏のあらし)
三田の場合、せっかく「四天王」と呼ばれる位置にまで接近して来たのに、
70年代に入るとヒットと呼べるヒットがほぼ皆無になってしまったのが痛い。
(その意味では、御三家より凋落が激しかったと言える)
「寄り道来た道帰り道」「赤毛のおんな」あたりの曲がもう少しヒットしていれば、
「四天王」という言葉が、その後もっと語られていただろうにね。



281 :昔の名無しで出ています:2008/07/01(火) 21:01:57 ID:AL7uoMVu
玉置宏が三田を含めて「四天王」と称したのは昭和43、4年頃。それから程なく三田がコケたので、実質「四天王」が活躍していたのは3年にも満たない。
その間、橋幸夫主演で四天王が共演した映画「青春の條件」が製作されたり、芸能雑誌では「三田明、御三家と契りの杯を交わし四天王誕生」といった感じの企画物が掲載されたりしたが、「四天王」が定着することはなかった。

282 :昔の名無しで出ています:2008/07/02(水) 17:20:07 ID:1opoJXzV
結局三田の衰退は、「青春歌謡の衰退」や「作曲家吉田正の衰退」と軌を一にした感じだね。
70年代に入ると、青春歌謡や吉田作品で以前のようなヒットがコンスタントに出なくなった結果、
三田がその煽りをモロに喰らった結果ともいえる。
さらに三田のレパートリーに、橋の股旅モノのような認知度の高い特定ジャンルがなかったのが
よけいマイナスに働いたような気もする。


283 :昔の名無しで出ています:2008/07/02(水) 22:36:02 ID:eYMk5Clj
結局吉田正と三田は一蓮托生だったということで…。
70年代に入って忽然と吉田メロディーが下火になった原因として、新たな門下生が育たなかったこともあるが、清楚可憐でこじゃれた吉田メロディーが70年代のニーズに合わなかったことも考えられる。

284 :昔の名無しで出ています:2008/07/03(木) 17:17:19 ID:VZhGKbe1
その点、同じく青春歌謡を書いていた遠藤実は、70年代に入っても森昌子あたりや
千昌夫「北国の春」など、バタ臭い歌謡曲を書き続けたからヒットが続いたわけで、
70年代にもなると歌謡曲の要素として「バタ臭さ」や「アクの強さ」は大事な要素になったんだね。
フランク永井の一連の吉田作品(都会派ムード歌謡)と、ロスプリモスあたりが
歌った都会調ムードコーラスを聴き比べると、吉田作品の都会派歌謡の方が、
サラリとした薄味だということに気付くよ。
吉田門下生は、三田明も含めて全般的に「アクの強さ」や「バタ臭さ」を感じない。

285 :昔の名無しで出ています:2008/07/03(木) 21:05:36 ID:ul5bZHf2
遠藤実はそもそも演歌の作曲家で、吉田正との音楽的な接点は少ない。2人の共通項は青春歌謡と股旅歌謡ぐらいか。
アクのないのが吉田メロディーとその門下生の売りだったわけだが、その分早く飽られたということか。その門下生の中でもさらにアクのない三田の場合は、余計に廃れるのが早かったのだろう。
ただ今となっては、吉田門下生は懐メロ界においてはブランドネームなので、その一員である三田は他の懐メロ歌手よりは恵まれていると思う。

286 :昔の名無しで出ています:2008/07/04(金) 17:11:48 ID:i4yM+exQ
やはり国民栄誉賞受賞が大きいね。
ただ、三田明は門下生では最後の方だけど、先輩に比べてレパートリーの幅が狭いのはつくづく残念である。
フランク永井は都会派歌謡が主流だったけど、三浦洸一や橋幸夫は幅広く吉田メロディーを
歌ってるので、三田も合う合わないは別にしてもっと幅広いジャンルに挑戦しても良かった気がする。
個人的には、吉田の手によるバラード調の曲などを、三田の声でもっと聴きたかったと思う。
(たとえば、「また逢う日まで」あたりは地味ではあるけど、かなり質の高い名曲だと思う)

287 :昔の名無しで出ています:2008/07/04(金) 22:59:14 ID:Nw0ADFjx
三田のレパートリーが狭いのには、デビュー後数年間の三田の歌唱力を鑑みた吉田正が、三田に比較的歌いやすい曲ばかりつくっていたせいもあるのかもしれない。
だが三田は声質が甘いので、幅広いジャンルの曲を歌わせたら橋幸夫よりもよかったのにとは思う。
余談だが万一、三田が遠藤実の門下生になっていたら、遠藤は三田にどんな曲をつくっていただろう。遠藤作品は吉田作品より演歌臭があるので、三田がそれをどのように歌いこなすか、すごく興味がある。

288 :昔の名無しで出ています:2008/07/07(月) 19:23:21 ID:3S5ljEJq
「星影のワルツ」は、千昌夫より三田明の方が絶対に合うと思う。
もちろん千昌夫のようなアクの強さ(演歌色)はないから、もっと軽いタッチの
青春歌謡色が強い仕上がりになっただろうとは想像がつくけど、一度聴いてみたい気もする。

考えるに、もし三田が遠藤門下からデビューしていたら、
コロムビアには舟木がいる以上、舟木の二番煎じ的存在に甘んじた可能性は高い。
例えば、安達明や梶光夫のポジションを想像するけど、もしそうなったら、
吉田門下にいるよりも、後々の道は閉ざされていたような気もするが、どうだろう?
ただ、三田の声は「青春の城下町」や「潮風を待つ少女」あたりにとても合いそうにも
思うから、そういう想像は非常に楽しいけどね。

289 :昔の名無しで出ています:2008/07/07(月) 21:58:23 ID:TH78kKOM
コロムビアはそもそも歌手の層が厚く、青春歌謡スター歌手だけを見てもビクターよりは間違いなく多いので、三田が食い込める余地が果たしてあったかどうか。
ちなみに遠藤実は昭和40年にミノルフォンレコードを設立するにあたりコロムビアを退社、以降コロムビアに残った門下生は「見離された」格好になってしまった。歌手としては致命的なことであろう(舟木一夫のように遠藤無き後もヒットを重ねたケースもあるが)。
しかしよくよく考えると、遠藤にも三田向きの曲は充分書けると思う。いや、すでに書いている。梶光夫「青春の城下町」も三田の路線っぽいが、山本リンダに提供した「こまっちゃうナ」「ミニミニデート」などは「アイビー東京」に近いものがある。

290 :BOX買い:2008/07/07(月) 22:55:02 ID:lGysRZaS
ちょっと場違いだが、梶光夫の「可愛いあの娘」なんかもあっているかも。
実質的には、インドネシア民謡を遠藤実がポップス寄りに編曲したものだが。

291 :昔の名無しで出ています:2008/07/08(火) 17:13:56 ID:WO763CvO
梶光夫の曲は、三田にも合いそうな曲はたくさんあるよ。
昭和40年の三田明「若い翼」は、昭和39年の梶光夫「涙の向こうに明日がある」の
裏面「翼の若人」にそっくりだしね。
ただ、コロムビアの青春歌謡は、ビクターより文芸色が高い作品が多いから、
その手の曲と三田の個性が合うかどうかだよね。
(「我が愛を星に祈りて」「野菊の墓」など、梶光夫の代表曲にも文芸色の高い作品が多い)

292 :昔の名無しで出ています:2008/07/08(火) 23:39:20 ID:dG6tjWFV
ビクターの青春歌謡には文芸色はあまり見受けられないが、文芸色に特化したものは三浦洸一の独壇場だった。
合う合わないは別にして、三田の文芸色の強い青春歌謡が聴いてみたい気がする。清楚な雰囲気がある三田には、文芸作品は意外と打って付けだと思う。
さて、さらに想像を膨らませて、もう一人の御三家、西郷輝彦がいたクラウンレコードにもしも三田も在籍していたら、どんな歌を歌っていただろう。クラウンでの青春歌謡の旗手、米山正夫の手にはかかったのだろうが…。

293 :昔の名無しで出ています:2008/07/09(水) 19:47:48 ID:yOIL2HdB
クラウンだったら、当然山田太郎路線で決まりだね。
「友情のうた」「高校生マーチ」「明日を信じよう」・・・どれも三田に合いそうな曲ばかり。
さらに山田太郎独自の「新聞少年」「牛乳少年」「東京の仲間たち」などの勤労青年路線
などもあるし(実際の三田には、この手の曲は「みんな名もなく貧しいけれど」くらいかな)
これらはほとんどが島津伸男作曲だけど、米山正夫の手に掛かれば、西郷・美樹克彦の
リズム路線も考えられるし(恋人ならば・西銀座五番街・赤いヘルメットあたり)
それと、浜口庫之助の曲を三田で聴いてみたい気がする。
三田なら「願い星叶い星」はどんな風に歌いこなしただろうか・・・
さらに、三田なら「花はおそかった」をどんな風に歌ったか・・・とか考えると実に楽しい。

294 :昔の名無しで出ています:2008/07/10(木) 23:21:48 ID:Y46hMIh7
浜口庫之助が三田の全盛期にオリジナルを書いていたら、吉田作品よりも三田のカラーを最大限に生かした曲が出来上がっていたかもしれない。非常に興味深い。
浜口作品は吉田メロディーに作風が似ていて、吉田メロディーより洋楽志向でモダン。まさに三田にピッタリではないか。
米山正夫作品も三田に打って付けな曲が多い感はあるが、米山作品は凝った難曲が多く、三田がどこまで歌いこなすかが見ものと言えば見もの。

295 :昔の名無しで出ています:2008/07/11(金) 18:47:37 ID:dGAKdh/Q
米山正夫が西郷に書いた、フォーク調の「初恋によろしく」バラード調の「恋人をさがそう」
あたりは、ひょっとしたら西郷よりも三田の声の方がピッタリのような気がする。
また「恋人ならば」「恋のGT」あたりは、吉田正の「アイビー東京」に勝るとも劣らない
名曲だから、三田がクラウンにいたらハマクラ・米山両作家のリズム歌謡を歌う機会も相当多かっただろうね。
そして、橋のリズム歌謡に対抗する強力な「クラウンのリズム歌謡の旗手」的地位を築いたかもね。

296 :昔の名無しで出ています:2008/07/13(日) 16:16:49 ID:ncCQMht6
米山正夫や浜口庫之助の手による三田の本格的なリズム歌謡は、ぜひ聴いてみたいものだ。だがあまりパンチの効いた曲は、三田の迫力不足が露呈してしまう恐れもあるが。
実は意外と西郷輝彦よりも三田の方が中音域には深みがあるので、「初恋によろしく」などの軽いタッチの曲が三田向きかと思われる。
逆に西郷の「アイビー東京」「ナイトイン六本木」あたりを聴いてみたい。

297 :昔の名無しで出ています:2008/07/14(月) 18:15:54 ID:B+Bto1Tn
三田明にも「初恋によろしく」のようなフォークタッチの曲があるよ。
昭和42年「また逢う日まで」のB面の「花を求めて」は軽いタッチの曲で、
吉田正には珍しい部類の曲だと思う。

ところで、名前が同じ「明」の布施明は、ほとんど平尾昌晃の曲を集中的に歌っているけど、
吉田の曲オンリーの三田と聴き比べてると、平尾と吉田のセンスの違いが際だって面白い。
吉田の曲と比較すると、平尾の曲の方が洋楽的要素がかなり濃いよね。
これは、音楽的嗜好と世代の差なのかな?

298 :昔の名無しで出ています:2008/07/15(火) 19:05:53 ID:GLmM95EE
周知の通りだが、もともと平尾昌晃はロカビリー歌手から作曲家に転向したわけで、少なくても吉田正よりは洋楽志向が強い作曲家であろう(世代的なものも含めて)。
布施明も三田明も共にオーディション番組「ホイホイミュージックスクール」出身だが、歌手としての路線は近からず。ついた作曲家の違いもあったのだろう。

299 :昔の名無しで出ています:2008/07/16(水) 18:51:53 ID:nii6DWH7
橋幸夫が股旅演歌で、
舟木一夫がブルースで、
西郷輝彦がポップスで、
北原謙二がカントリーで、
布施明がカンツォーネで・・・・・・・

となると、三田に当てはまる曲風はなんだろうか?

300 :昔の名無しで出ています:2008/07/17(木) 17:11:50 ID:jT9ojtSp
>>299
そこが三田明の微妙なところ。青春歌謡からさらに細分化した場合の三田のポジションは大変不明瞭である。どっちつかずな感じだ。
裏を返せば、ある意味三田は御三家の追随を許さないほどの生粋の青春歌謡歌手と言えよう。

301 :昔の名無しで出ています:2008/07/17(木) 18:14:49 ID:lbuxS4bM
ビクターにおける三田明のポジションは、コロムビアにおける梶光夫のポジションと同じかな?
三田の場合は、吉田正の洗練された青春歌謡のおかげもあってヒットが順調に続き、
御三家に次ぐ位置を確保したけど、梶光夫はその点ちょっと地味すぎたか舟木に似すぎた嫌いはある。
三田は、リズム歌謡でこそ橋に似た曲ばかりだが、「美しい十代」から始まる青春歌謡は
橋幸夫のテリトリーと重複しない分だけ、三田に幸いしたともいえると思う。

ところで、「サロマ湖の空」のB面「おしゃれな季節」はB面にしておくには誠にもったいない
隠れた名曲だと思う。銀座を舞台にパンタロンやミニのスーツなどのファッションをたくみに
歌詞に登場する、吉田正流のお洒落な都会派青春歌謡の傑作だと個人的には思っている。
「サロマ湖の空」も名曲だが、裏表逆でも面白かったと思う。

302 :昔の名無しで出ています:2008/07/18(金) 20:50:33 ID:mUjhivi8
「おしゃれな季節」というタイトルを見てもすでに企画時点でA面にする気はなかったのだろう。このようにB面でうずもれた名曲は数多ある。
「サロマ湖の空」は、当初は「サンパウロの空」という曲になる予定だった。「太陽のカーニバル」の流れで南米つながりの曲を企画していたのだがうまくまとまらず、結局「サ」の一文字つながりで「サンパウロ」から「サロマ湖」になったという。
もし「サロマ湖の空」も完成されなかったら「おしゃれな季節」がA面になっていたりして(笑)

303 :昔の名無しで出ています:2008/07/22(火) 17:43:58 ID:vFV51tUG
「おしゃれな季節」は、「タートルルックのいかす奴」の続編を狙った曲なのかなと思っていた。
三田の場合、歌詞に当時の流行ファッションを盛り込んだ曲が何曲かあって、たとえば
 「アイビー東京」→アイビールック
 「タートルルックのいかす奴」→タイトルのまんまタートルネック
 「おしゃれな季節」→パンタロン   ・・・・・等々。
こういう他の歌手と毛色の変わったものをしつこく掘り下げていけば、
三田独自の路線(橋の股旅や舟木の詰め襟路線的な)が確立したのにね。
ちなみに美樹克彦には、S42年ミニの女王ツイッギー来日にちなんで、
「小枝のような可愛い娘」という曲があるよね。

304 :昔の名無しで出ています:2008/07/23(水) 21:23:03 ID:qpwX8mnV
結局三田の場合はイメージ作りが中途半端だったというわけか。
確かに三田は御三家に比べ強烈なイメージがない。三田自身に個性がないのか、スタッフの力量不足だったのか…。
いずれにしても、スター歌手として生き残るには、個性が必要。三田は「美少年」という一過性の個性を前面に押し出して売り出したので、ある程度年齢が過ぎたら売れなくなるのは必然。

305 :昔の名無しで出ています:2008/07/24(木) 19:28:05 ID:cBGrSmwS
橋幸夫が、それまで歌わなかった夜の盛り場歌謡「京都・神戸・銀座」を出して
青春歌謡から脱皮を狙ったように(これは森進一を十分に意識した曲に思える)、
三田もその前年にそれまでのイメージとは違う「数寄屋橋ブルース」を出したんだろうけど、
戦略的には、同じビクターでも橋の方が巧みだったような気がする。




306 :昔の名無しで出ています:2008/07/25(金) 18:26:00 ID:oeEg5Khk
「数寄屋橋ブルース」は吉田作品なので、新境地と言えども旧態依然。
橋幸夫の「京都・神戸・銀座」は筒美京平作曲ということで雰囲気もガラリと変わり、セールス的にもまあ売れた方。だが、橋の「夜の盛り場歌謡」路線は以降続かなかった。
当時はすでに橋の人気に陰りも見えてきており、この路線で君臨していた森進一を切り崩すところまではいかなかったようだ。

307 :昔の名無しで出ています:2008/07/26(土) 12:00:55 ID:ym+bFm71
昭和41年の「恋人ジュリー」は、御三家がそれぞれ大ヒットを持っていた年なので影に隠れた印象が
あるんだけど、翌42年の「夕子の涙」より売れたような感じもするんだけどどうなんだろう。
当時はオリコン等は無くて、数字的な記録はないので何とも言えないけど・・・
明星平凡の歌本の人気曲アンケートを見ると「恋人ジュリー」は御三家にピッタリ肉薄している。
(もっともこのアンケートは、実際のレコードセールスとは全く比例しないものではあるけど)


308 :昔の名無しで出ています:2008/07/27(日) 14:22:29 ID:/UG7MLwi
昭和42年末の平凡歌本掲載のベスト10
1.北国の二人(ブルー・コメッツ)
2.夕子の涙(三田明)
3.佐久の鯉太郎(橋幸夫)
4.夕笛(舟木一夫)
5.世界は二人のために(佐良直美)
6.潮風が吹きぬける町(西郷輝彦)
7.モナリザの微笑(ザ・タイガース)
8.別れたあの人(加山雄三)
9.愛のこころ(布施明)
10.霧のかなたに(黛ジュン)

当時「夕子の涙」は御三家を圧倒するヒットだったのだろう。三田自身の持ち歌の中でも「美しい十代」の次のヒット曲と言える。
オリコン前なので正確なヒット具合が分からないのが残念。

309 :昔の名無しで出ています:2008/07/28(月) 17:18:03 ID:m9gIvtuO
ただ、この年(昭和42年)は、御三家はヒット曲のスケールが前年より小さい。
橋 幸夫 佐久の鯉太郎<霧氷
舟木一夫 夕笛<絶唱
西郷輝彦 潮風が吹きぬける町<星のフラメンコ

それに対し三田の場合、夕子の涙>恋人ジュリーならば、
御三家→下降線、三田明→上昇気運で、翌43年には「四天王」と言われるところまで
迫る伏線が、すでに「夕子の涙」あたりに垣間見えたということになる。

ちなみに、橋の佐久の鯉太郎が3位につけているところなどを見ると、
歌本のベスト10と実際のレコードセールスに大きな開きがあるのを感じざるを得ない。
(GS全盛の年に、股旅物がここまで大きなセールスを示したとは考えにくい)


310 :昔の名無しで出ています:2008/07/28(月) 20:12:34 ID:HuMolYkm
昭和43年1月号の平凡歌本の三田明の新曲紹介欄から↓

題名に地名をとり入れたブルースが去年(昭和42年)はヒットしましたが、それにあやかったわけではないでしょうが、東京・銀座の代名詞でもある数寄屋橋をテーマに、今後三田明さんの「数寄屋橋ブルース」が初荷レコードとして12月25日発売されました。
「夕子の涙」が銀座の裏通りをテ